プロボクシングの前OPBF東洋太平洋フェザー級王者でWBC同級8位、WBA同級10位の堤駿斗(24、志成)が17日、後楽園ホールで元WBA世界バンタム級スーパー王者で現WBA同級9位のアンセルモ・モレノ(38、パナマ)とノンタイトル10回戦で対戦し3回2分45秒にKO勝利した。この試合はフェザー級(57.15キロ)で行われる予定だったが、堤は前日計量で1.6キロの体重超過。モレノ側との協議の上、当日計量で61.12キロ以下であれば試合を実施することになり、堤は60.95キロでクリアしていた。実は3週間前に合宿先の米国で新型コロナウィルスに感染して帰国。後遺症で肺の障害が残りスパーリングはおろかジムワークは一切できない状況に追い込まれていた。堤は試合後リング上でモレノと関係者、ファンに何度も謝罪したが、JBCからは半年の試合出場停止処分が科せられる方向。今後はスーパーフェザー級への転級も視野に入れるという。

 「人としてまだまだ未熟」

 堤は最初から最後まで笑わなかった。
第3ラウンド、左のボディアッパーを効かせ、モレノが下がると、そこに左のアッパーを突き上げた。2015、2016年にWBC世界バンタム級王者の山中慎介と2度にわたる激闘を演じ、WBA王座を12度も防衛した歴戦の元スーパー王者がたまらず膝をついた。堤はさらにラッシュを仕掛けてコーナーに詰め、今度は右のアッパーからショートの右ストレートを叩き込むと、たまらず膝をついたモレノは、その体勢のまま10カウントを聞いた。鼻からの流血が止まらなかった。
リング上でマイクを向けられた堤は、モレノ、ファン、大会関係者へ「すみません」「本当に申し訳ございません」と謝罪の言葉を繰り返した。
観客席から「反省しろよ!」と非難とも激励ともとれる大声が飛んだ。
「歴史あるボクシングという競技を汚してしまった。人として未熟で成長しなければならないと思いました」
堤は声を詰まらせた。
前日計量でまさかの1.6キロオーバー。2時間の猶予後にも50グラムしか落ちずに、モレノに厳しい言葉を投げかけられ、SNS上でも「プロ失格!」「試合はすべきではない」などの非難が殺到した。
モレノ陣営との協議の上、当日計量に制限をつけた上で試合が実施された。志成ジムによると「メインイベンターとして穴をあけられない」という堤の強い意志に沿っての交渉だったという。
控室に帰った堤は「全部言い訳にはなりますが…」と前置きをした上で、実は米国合宿からの帰国直前に発熱し、3月25日に帰国し、すぐに病院にいくと新型コロナウイルスに感染していたことがわかった。1週間は自宅で寝込み、その後、練習を再開しようとしたが、後遺症で、肺に障害が残り、少し動くと咳が止まらない喘息のような症状が出て胸にも激痛が走り、スパーどころかジムワークもできなくなった。
医師からは「治るには1か月かかる。試合には出るな」とストップがかかった。だが、2023年10月にもインフルエンザによる発熱で前日計量の直前に試合をキャンセルしていたことから「さすがに2度目はまずいだろう。メインイベントで中止は難しい」との責任感から出場を直訴した。
「食べずに体重だけを落としてリングに上がれれば」と体重調整だけに神経を使い、自宅でエアロバイクだけを漕いだが、追い込みをかけることができないから満足に汗も出ず減量は思うように進まなかった。
前日の時点で2.8キロオーバー。いつもの水抜きができるのであれば落とせる範疇だった。「どうにかできると甘い考えだった」。風呂に浸かると胸に激痛が走った。計量当日も午前中にトライしようとしたが「お風呂に入ることもできなかった」という。結局、プロとして恥ずべき1.6キロオーバーという大失態を犯して計量の時間を迎えることになってしまった。

 「リング上で変な感情を持ち込んだり、リスペクトに欠いて、わざと負けるようなことはしてはいけない。それこそボクシングへの冒涜行為。全力で戦わないといけないと思った」
そう切り替えた。しかし、まだ新型コロナの後遺症は残ったまま。減量を試みた肉体的なダメージもある。控室ではウォーミングアップさえ満足にできず、シャドーだけで体を温めてリングに上がった。
「負けるのもプロの仕事と覚悟した」という。
「1ラウンドからガンガンいけなかった。強いパンチを出さず、あまり攻めずに勝つ作戦だった。判定も考えて息をあげずにやり過ごそう」
38歳のモレノに、もはや全盛期のスピードや迫力がまったくなくテクニック勝負にきてくれたため、万全ではなくとも、スピードとパワーで上回る堤は、ジャブを的確にヒットさせて主導権を握り、KOで決着をつけることができた。
試合後、モレノは「何もコメントはない」とだけ伝え、骨折の疑いのある鼻骨の検査のため病院に直行した。
体重超過を犯した堤にはJBCからは規定に沿い半年の出場停止処分が下される方向。新型コロナに罹患したという事情があったにせよ元々減量は苦しくスーパーフェザー級への転級を勧告される可能性もある。
「本当に人として成長して、また一から失った信頼を少しずつ取り戻してプロとして胸を張ってリングに上がれるように精進したい」
静かにうつむいた堤は、「フェザー級でやるのは侮辱行為で反省にはならないと思う。(減量の)余裕もない。スーパーフェザー級でやるのもひとつの考え。チームと相談して決めたい」と、転級の可能性を示唆した。今回は結果的にキャッチウエイトで試合が成立したためWBA同級9位のモレノを倒した堤のフェザー級での世界ランキングが上がる可能性があり、転級にスパッと踏み切れない事情もある。
志成サイドは「堤の考えを尊重する」という方針を示した。
アマ13冠のホープとして期待された堤は、そのチャンピオンロードで足踏みをすることになった。ABEMAなどがスポンサーにつきプロを名乗る以上、理由はともかく体重超過は許されない失態だった。だが、人は失敗する生き物である。そしてボクシングという素晴らしい競技は、それを取り返そうと努力する人を裏切りはしない。この失態を今後にどう生かすか。堤の生き様が試されることになるだろう。
(文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)