いまなお謎に包まれた「鉄塔倒壊事件」 1998年当時の報道は…

1998年2月、香川県坂出市で起きた鉄塔倒壊事件。いったい誰が何のために。。。いまだ多くが謎に包まれたこの事件を、この年の12月にRSK山陽放送(当時:山陽放送四国支社西讃支局)の魚森洋史記者がまとめた記事を振り返ります。

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1998年2月20日、香川県坂出市の聖通寺山にある四国電力の高圧線鉄塔が、突然大音響とともに倒壊しました。「何者かによって倒された」という、全国でも未曽有の事件です。

(当時の目撃者)
「ドーンと異常な音がしたんです。それからこっちを見たら、鉄塔が倒れていて」

1本の鉄塔の倒壊は、様々な箇所に影響を及ぼしました。

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鉄塔の到壊によって送電がストップした番の州工業地帯では、コークス炉のガスが回収できず、真っ赤な炎を噴き上げる不気味な姿をさらけ出しました。

また、ライフラインも完全に切断され、周辺の街で1万7千戸が停電。さらに香川県内の8万5千戸で、都市ガスの供給がストップしました。

(送電線の専門家 的場氏の会見)
「劣化などで倒れたとしたら、ねじ山にも傷が入るし、フランジも傷だらけになっているはずが、ひとつもない。そういうことから、これはやはり『人為的な事故』ではないのか」

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倒壊の原因は、ボルト・ナットの引き抜きでした。何者かが「トルクレンチ」を使って外したものとみられています。

鉄塔はすぐ倒れないように細工されていた 一体だれが…

倒壊した14号鉄塔と、隣あった鉄塔との送電線は、「直線的」に張られていたのではなく、西側へおよそ10度の角度がついていました。つまり「逆くのじ」に送電線が張られていたため、張力は両側にかかり、ボルトが抜かれた場合、鉄塔は両側へ倒れる特性があります。

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しかも、当時は「風速15m」という東側からの風が鉄塔に吹き付けていました。鉄塔は、80本のボルトと160本のナットで固定されていました。全部は抜かれず、補強材部分でわずか4つのボルトだけが残されていました。

これは「鉄塔が張力によってすぐに倒れないよう細工をしたもの」とみられてます。かなり専門的な知識を持った人間による、計画的な犯行が伺えます。しかし、何故鉄塔を倒壊させたのか、「犯行の動機」「目的」が全く絞り切れていません。

企業テロか、愉快犯か いまなお謎に包まれたままの犯人像

番の州工業地帯を狙った企業テロなのか、または大きな騒ぎを起こして単に楽しむだけ、という諭快犯なのか。動機の特定が出来ないため、警察の捜査も難行しました。

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捜査本部をつくった香川県警では、この時のべ2万9千人の捜査員を動員し、周辺の住民およそ3600戸に加え、四国電力や番の州工業地帯の関連企業およそ1500社から事情を聞きましたが、目撃証言を含め有力な情報は全く得られませんでした。

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(近くで店を営む人)
「毎日のように捜査員の方が来られたけど、いまはもう、全然そういう話もないです」

ーお客さんの中でも、そんな話はもう出ませんか?
(近所の女性)
「もうほとんど出ませんね。もう次々いろんなニュースがあるから」

ーまだ犯人が捕まっていないんですけど
(近所の男性)
「ちょっと難しいだろうね」

捜査体制も1998年12月13日から、それまでの81人から51人体制へと減少されました。

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鉄塔倒壊からおよそ10ヵ月(1998年12月時点)、事件後に鉄塔には物々しい対策が講じられたものの、警察が威信をかけた犯人捜しは今のところ決め手も見通しもたたないまま、事件は年を越えそうです。

当時取材をした記者「鉄塔の構造を熟知した者による仕業か、だが...」

魚森洋史記者(1998年当時)

あれから26年経った2024年、魚森洋史元記者は振り返ります。

「事件当初、『鉄塔は落雷で倒れた』という情報が広まったが、次第に『何者かの犯行によるものだ』ということが明らかになっていった」

「現場の取材を重ね、鉄塔の構造を熟知した者による仕業だろうと考え、1998年末にそうリポートした。単なる愉快犯ではないという印象はあったが、真相は誰にもわからない」

事件は、2003年2月20日午前0時に時効を迎えています。