インバウンド消費がすっかり復活し、おおいに盛り上がりを見せている。2023年の訪日旅行消費額は、前年比9.9%増の5兆2923億円で過去最高だった。外国人観光客1人当たりの平均旅行支出額は、21万円に上っている。この数字は2022年比で3割も増加した。“爆買い”でかつて日本経済を潤した中国人観光客は、2019年比で6割程度しか戻っておらず、代わりに台湾、シンガポール、インドネシアの伸びが著しく、東南アジア圏の人々がインバウンド消費を支えている。国内有数の旅館・ホテル運営会社である星野リゾートもその大波に乗る企業のひとつだ。

台湾からの観光客数は3割増加


インバウンド消費は為替と切っても切れない関係にある。

ドル円は2019年に110円前後で推移していたが、2023年は130円台から始まってさらに円安が進行し、年の後半では150円をつけることもあった。1ドル140円だったとすると、2019年比でドルは1.3倍程度強くなったことになる。

2023年の旅行者1人当たりの支出額は、2019年比の3割増で21万円だった。ドルで換算した場合の消費額は、ほとんど変化していないことがわかる。インバウンドというフィルターを通して見た場合の円安効果は極めて大きい。

旅行者数も好調だ。2024年1月の海外観光客数は268万人で、2019年同月と同水準。前年同月比で8割も増加している。ポイントは、中国人観光客が41万5900人で、2019年比で44.9%も減少していること。30万人以上も少ないのだ。

中国は旧正月の休暇「春節」を迎える1月の下旬から2月上旬にかけて、旅行需要が集中する。しかし、中国政府は春節前後40日間の2024年の旅行者数を、前年割れと予測している。中国国内では、旅行の機運そのものが失われているようだ。コロナ禍からの景気回復の遅れが背景にあると見られている。

日本を訪れる中国人観光客の減少を補っているのが東南アジアだ。2024年1月の台湾からの旅行者数は2019年比で27.0%、シンガポールは50.4%、インドネシアは27.2%それぞれ増加している。


※日本政府観光局「訪日外客数」より筆者作成


東南アジアといえば、食事代や宿泊費が安く、近場で渡航しやすいことから、日本人観光客にとって人気の旅行先だった。かつてインドネシアやフィリピン、タイなどの空港や観光地に赴くと、無許可のタクシー運転手に声をかけられたものだが、今や成田空港や銀座に白タクがうごめいているという。状況は完全に逆転している。


宿泊料金は1万3000円程度割高に


2023年の外国人旅行者の年間支出額のうち、品目別構成比率を見ると宿泊費が34.6%と高い。金額で1兆8289億円、2019年比で3割増加した。やはり、円安効果が働いているようだ。


※観光庁「訪日外国人消費動向調査」より


「ホテル代が高くなった」と嘆く日本人をよく見かけるようになったが、ドルは円に対して2019年比で1.3倍になっているわけであり、円の購買力が下がったのだから当然といえば当然である。

ホテル側からすれば、円ベースで強気の値段を提示しても、外国人観光客という宿泊者を見つけることができるのだ。しかも宿泊業界は、コロナ禍で徹底的に痛めつけられた。リベンジ消費ともいえる、この瞬間の消費を捉えて反転攻勢に転じなければならない。

宿泊業界の中でも好調なのが、星野リゾートだ。

星野リゾートは非上場企業で決算の詳細を公開していないが、同社の物件を複数所有する資産管理会社、星野リゾート・リート投資法人がJ-REITに上場している。同社が保有する星野リゾートの物件の2023年度のRevPARは4万1996円。2019年度は3万4028円だった。23.4%増加している。


※星野リゾート・アセットマネジメント「決算説明資料」より


RevPARとは、販売可能な客室1室あたりの収益を表す値のことだ。よく耳にする客室稼働率は、部屋の稼働のみに注目するが、RevPARは稼働率に客室単価を加味したもの。収益物件という観点から見ると、RevPARの方が重要度は高い。

実は星野リゾートの物件の客室稼働率は下がっている。2023年度は77.6%で、2019年度は83.3%だった。すなわち、単価増で減少分を補っているのだ。客室単価は4万834円から、5万4104円まで上がっている。実に1万3000円程度高くなっているのだ。


日本初の監獄ホテルを奈良にオープン


星野リゾートは、人気の「リゾナーレ」や「界」など、一部の物件ではRevPARが2019年の水準を超えていた。インバウンド消費などほとんど見込めなかった、2021年中盤にはもう回復していたのである。

このとき、星野リゾートは「マイクロツーリズム」を打ち出し、自宅から1時間程度の小旅行の集客に力を入れていた。2020年は人々に外出制限が課されており、消費者は非日常体験を求めていた。そこで星野リゾートは、大がかりになりすぎない、巧みな非日常を提案したのである。それが見事に成功した。

しかし、2022年に入ってもまったく回復しないブランドがあった。「OMO」だ。

「OMO」は「星のや」「リゾナーレ」「界」に続く第4のブランドで、2018年春に旭川で開業した。このブランドは都市型の観光ホテルだが、浅草店は宿泊者の半分を海外観光客で想定するなど、インバウンド需要の獲得を目的の一つとしている。


※星野リゾート・アセットマネジメント「決算説明資料」より


「OMO」のRevPARは、2022年6月から2019年の水準を上回るようになった。インバウンドの大波をつかんでいるのがわかる。星野リゾートは、2024年4月に「OMO5東京五反田」、2026年に「OMO7横浜」の出店を計画している。高知や函館のリニューアルも控えている。

2026年には日本初の監獄ホテル「星のや奈良監獄」を開業する。カナダに「Ottawa Jail Hostel」という監獄ホテルがあるが、外国人旅行者が多く宿泊することで知られている。星野リゾートは明言こそしていないが、「星のや奈良監獄」もインバウンド需要を想定しているだろう。


星のや奈良監獄 写真/星野リゾート


今や日本経済は海外観光客がいなければ立ち行かない状態だ。消費活動が大きく変化する中で、時代に即した経営戦略が必要になる。星野リゾートは、巧みに消費動向を捉えている。

取材・文/不破聡