世界的なカフェチェーンに成長したスターバックスコーヒー。「サードプレイス(第3の場所)」を根づかせたそのビジネスモデルは、カフェという成熟しきった業界で競争優位性を獲得し、長きに渡って飲食店のみならず数多くの企業の間でマーケティングの手本とされてきた。しかし、成長基盤となっていた中国と本場アメリカの戦況は変化しつつあり、そのビジネスモデルが限界を迎えているように見える。

“居心地のよさ”と“接客力”は未来永劫愛される優良モデルなのか?

スターバックスの2023年度の営業利益率は16.3%。この数字は直営店主体のカフェチェーンでは驚異的なものだ。同業他社のドトールは5.21%、サンマルクが3.7%である。

アメリカのカフェ業界では、ダンキンドーナツが健闘している。この会社は2020年に上場廃止となった。上場廃止前の2019年度の営業利益率は36.5%。スターバックスよりも圧倒的に利益率が高いが、これはフランチャイズ主体だからだ。家賃や人件費負担が抑えられるため、利益率は高まりやすい。

日本ではコメダ珈琲がフランチャイズを主軸として店舗展開をしており、営業利益率は20.2%と高い。スターバックスは直営店を主体とし、スタッフの教育に力を入れてサービスの質を高めたことに強みがあった。コーヒーの品質よりも、居心地の良さや接客力の高さに振り切った点にヒット要因が潜んでいたのだ。

直営店は出店コントロールがしやすい。そこにブランドに群がる顧客からの支持があって2桁成長を続けられたというわけだ。

スターバックスはアメリカと中国で全店舗の6割が構成されている。アメリカは1万6000、中国は7000近い店舗を展開している。中国は特に成長期待の高いエリアだが、鈍化が鮮明だ。業界の勢力図を塗り替える脅威となっているのが、スターバックスと真逆の戦略をとるラッキンコーヒー(瑞幸珈琲・Luckin Coffee)である。

ラッキンコーヒーの成長スピードは凄まじい。2021年度の売上高は、スターバックス(中国エリア)の1/3程度だった。しかし、2023年度にはスターバックスを追い抜き、1.2倍の売上差が生じるまでに力をつけたのだ。

デジタル時代に最適化した回転率至上主義のラッキンコーヒー

世界的なカフェチェーンにとって中国は魅力的な市場だ。イギリスの調査会社ワールド・コーヒー・ポータル(「East Asia branded coffee shop market booms as China overtakes US by outlets」)によると、東アジアのカフェの店舗数はおよそ12万。そのうち、中国は5万で全体の4割を占めている。中国のカフェ利用者のうち、9割以上がホットコーヒー、6割以上がアイスコーヒーを毎週飲むという。ヘビーユーザーが多いのだ。中国の都市部の人口は9億人。まさに巨大市場と呼ぶに相応しい。

この調査では衝撃的な内容が浮き彫りになっている。中国のカフェ利用者のうち、85%が事前注文とデリバリーを使った経験があり、57%が店舗利用よりもデリバリーサービスを好むと回答しているのだ。

この消費動向に最適化しているのがラッキンコーヒーだ。この会社の一番の特徴は、商品の提供で生じるムダを可能な限り省き、回転率を上げること。専用アプリからのみ注文を行ない、配達か店舗で受け取る運営モデルを構築した。スターバックスのようにカウンターに並んで注文を伝える必要がないのだ。

デリバリーでも、手数料は100円程度のオプション料金に過ぎない。ラッキンコーヒーはデジタル時代の申し子のような存在で、人間力で提供の質や居心地のよさを高めたスターバックスとは正反対のビジネスモデルをとっている。

急速に変化する中間層の消費意識

コロナ禍を迎える前までの中国は、プチ贅沢といえるようなカフェ需要があった。マクドナルドのように居心地はそうそうよくない場所を避け、静かでゆったりとした空間でコーヒーを飲む時間を楽しもうとしていたのだ。スターバックスはこの消費動向に最適化していた。
中国のスターバックスは、2013年ごろにアメリカよりもコーヒーの値段が高いと国営中国中央テレビなどで報じられて炎上した過去がある。

強気の値段をつけられたのも、中間層が背伸びをしてちょっとした贅沢を楽しみたいという消費意識に支えられていたためだ。それが今や、コーヒーは安く、早く、好きな場所で飲むというスタイルが定着した。スターバックスはこの急激な変化についていけないはずだ。中国の出店戦略を見直す可能性もある。

オペレーションの複雑化で出店スピードが落ちる?

もう一つ気がかりなのが、主力のアメリカ市場だ。スターバックスの2024年1Qのアメリカエリアの売上高は、前年同期間比8.7%増の66億4300万ドル。前四半期比でも3.4%増と堅調だ。

2024年1月の決算説明時に、アメリカの店舗で顧客が1回当たりに注文する金額が増加したと説明している。客単価が上がったということだが、要因は2つある。1つはチョコレートやホイップクリームなどのオプションを追加する顧客が増えていること。もう1つはフードメニューの購入比率が上がっていることだ。 

アメリカではコールドドリンクの需要が旺盛で、オリーブオイルを加える「オリアート」が人気だという。フードはサンドイッチやジャガイモを使った新メニューが好調。フードメニューは今後さらなる充実を図る計画だ。

そうなると、ドリンクとフードを提供するオペレーションは複雑化を極め、将来的に提供スピードが落ちる可能性がある。アメリカは日本と異なり、いかに早く提供されるかが最も重視されるのだ。メニュー構成が複雑化する中で、円滑な店舗オペレーションを構築するためにはスタッフの教育に時間が必要。出店スピードが落ちる懸念がある。

直営店主体の飲食店にとって、出店スピードの鈍化は命取りだ。トップラインの伸び悩みは、株価にも甚大な影響を与える。2023年に新CEOとしてラクスマン・ナラシムハン氏が就任した。その手腕に注目だ。

取材・文/不破聡