ハイパフォーマンス部部長の桑原氏
ハイパフォーマンス部部長の桑原氏

令和のプロ野球。練習方法やトレーニング、データ分析・活用の常識が日進月歩で変わっていくこの時代。今年"横浜進化"のスローガンを掲げる横浜DeNAベイスターズに「ハイパフォーマンス部」なる謎の部署が新設された。

部長に就任したのはかつて"ジェニーちゃん"の愛称で親しまれた外野手で、TBS時代の終焉(しゅうえん)と共に7年間の現役生活を引退。DeNA元年から2軍マネージャーや裏方として球団を支えてきた桑原義行氏だ。

前編となる本記事では、新部署の役割とさまざまな試みについて桑原氏がたっぷりと明かす。

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■打てなければ「バットを振れ」だけですむ時代ではない

――ジェニーさん、いや桑原部長。シーレックスの星が今やDeNAベイスターズの最先端部門を統括する部長になられたと聞いてお話を伺いに参りました。すごいですね。

桑原 いえいえ、僕は全然すごくないんですよ。優秀な専門のスタッフたちがいてくれるおかげで、僕は必要な人材と働きやすい環境を整え、マネジメントをしているだけです。

――早速ですが、新設されたこのハイパフォーマンス部というのはどんな組織なのですか?

桑原 簡潔にいえばトレーナーの集合組織です。トレーナーってコーチと同じぐらい重要なポジションで、トレーニング内容を作ったり、障害予防の指導やケアも行ないます。

分野でいえばストレングス&コンディショニング、アスレチックトレーナー、メディカル治療家とリハビリ担当、理学療法士に栄養士。そんな人たちが集まり、選手の体作りから治療まで一手に引き受ける部署ですね。

――そのトップになぜ元選手の桑原さんが?

桑原 本来はこの分野の経験がある人が理想だとは思うんです。僕はその知見、資格を一切持っていません。ただ、この新部署はコーチなどの現場、データサイエンス、スカウトなどあらゆる部門と連携しなければならないんです。

僕は引退してからマネージャーや人材開発など、チーム全体のオペレーションや組織としてのビジョンといった全体像が見やすいポジションを歴任させてもらっていたので指名されたのだと理解しています。

――野球界全体で練習や試合へのアプローチや考え方が劇的に変化していますが、革新的な試みを続けているDeNAベイスターズは、選手育成に対して今どんな考え方を持っているのでしょうか。

桑原 新しい考えが今までのことをすべて否定するわけではないですが、昔みたいに野球の練習だけしていればいいという時代じゃなくなったことは確かです。

打てなければ「バットを振れ」だけではなく、打てない理由を深堀りして――例えば体の構造から考えて動作、機能を改善させれば、今までできなかった動きができるようになる可能性が高くなる。じゃあ、それに適したアプローチをどう提供していくか――というような感じで追求しています。

■個々の選手の目標を数値化する理由

――個々の選手に対し、組織としてどのように関わっていくのですか?

桑原 まだまだ満足いくレベルではありませんが、今まさに取り組んでいるところです。まずはチームの編成部門、萩原龍大本部長から「この選手は何年後にこうなってほしい。だから今年、こういう期待をしている」という期待値が下りてくる。

それをもとに、育成の総責任者によって「じゃあこの選手、今年でこのレベルまでにしてくれよ」という、ざっくりとしたお題になっていきます。

――オーダーは具体的な数字で出てくるんですか。

桑原 はい。目標は具体的な数値でないと、あとでどんな色にも着色されてしまうので。「この選手は年間これぐらい投げて、このぐらいの数値に収まるような成果を出してほしい」といったお題が出てきます。

僕らはその達成のために、何をどういうスパンでいつまでにやるか、具体的な内容を決めるんですね。

――ベテランからルーキーまで、ひとりひとり細かく設定していくと。

桑原 体を作る期間の選手もいるし、ケガから復帰したばかりの選手もいるし、それぞれ状況は違います。

以前はコーチの主観による指導に頼るしかなかったわけですが、より効率的にするため、各部門のスペシャリストたちがデータや課題を共有し、今この選手は体を変える時期なのか、ゲームで経験を積ませるのか、メンタルの問題なのか......と知恵を出し合って設定をしていますね。

例えば昨年最多勝の東 克樹選手であれば、キャリアハイを上回れというのは難しいかもしれない。それよりも2年連続で年間通じて先発ローテーションで回ったことがないので、1年間ローテを守ること......など、選手本人から意見をもらいつつ、最終的な設定はこちらでやらせてもらいます。

■データ偏重の時代を経て、今はコーチの主観を重視している

――なるほど。複数の専門家による合議制なんですね。

桑原 でも一番大事なのは、やっぱりコーチの主観なんです。いくら数値があったとしても、最終的にはコーチという職人が見た感性が優先されるべきなんです。

――それは意外です。データよりもコーチの主観ですか?

桑原 データでは表せない個性や技術は絶対にあるんです。全員が全員、宮﨑敏郎選手の打ち方をすれば同じ数字が出るわけじゃない。なぜなら宮﨑選手しか持っていない個性や感性があるからで、それをどう判断するかは職人であるコーチにしか説明ができないんです。

一方で、別々のコーチが例えば「もっと下半身を使おう」と同じように課題を出しても、抽象的すぎて実際はそれぞれ違う部分を指摘しているかもしれない。

そこは各部門の専門家を交えて解釈を揃え、全員でアプローチを一貫しましょうというのが、われわれがやろうとしていることです。

――親会社がIT関連企業ですし、今季からアナリスト出身のコーチが一軍首脳陣の中枢に起用されているので、データ主義が進むばかりなのかと思っていました。

桑原 今の流れはむしろ逆で、"人"のほうに少し戻しているところです。確かに一時期はデータ偏重主義というか、コーチの主観が重視されない時代もありました。

(投球の変化量や打球角度などを分析できる)ラプソードなど計測機器の進化によってあらゆるものが数値化され、データがどんどん重視されていくなかでも、どうしても選手自身が納得いかない部分も出てくる。

そこで人の感性の大切さが見直され、バランスを見ながら、データと感性の合わせ技でのアプローチになってきていますね。

――データ偏重には具体的にどんな問題がありました?

桑原 例えば、野手なら打球速度やスイング軌道がいいとか、投手ならスピン量がいいとか、打てなくてもデータに逃げられてしまうんです。一番の目的は相手に勝つことなのに、過程の数値を出すことが目的になってしまうケースが出てきます。ただ、やっぱりいい選手って数値もすごいんですけどね。

■フィジカルなき技術は一過性で終わる

――携わるコーチや専門家の役割も、チーム方針の変化で大きく違うものになっていると。

桑原 そうですね。いろんな視点がほしくて、いろんな専門家の方たちに来ていただきました。

代表的なところだと、5年ほど前から、ラグビーやバスケで指導者のコーチングを行なってきた今田圭太さんにきていただいていますし、3年前のコロナの時には、メンタルスキルコーチとして遠藤拓哉さんに来てもらい、現在も1、2軍で週に何日か座学をしてもらっています。

――ベンチ前に設置された「切り替えスイッチ」を導入された方ですね。

桑原 今年はストレングストレーナーの分野で最先端をいく、パフォーマンスアーキテクトの里大輔さんが入り、現場のコーチたちと共同で新たな知識を採り入れるようにしています。

――専門家たちからのあらゆる知見を採り入れ、目指すところは、やはり大谷翔平のようなフィジカルモンスターを作り出すことでしょうか。

桑原 究極的にはそうですよね。でもまずは、選手にアスリートとしてちゃんとしたフィジカルを持たせたい。高い技術はフィジカルの上にしか乗らないんです。

それがないと技術が一過性のもので終わって継続力がなくなります。レギュラーになるような選手は一年でも長く活躍してほしいし、ワンチャンスをつかむタイプの選手にはひと花でも咲かせてあげたい。

その上で一番障害になる、ケガにより野球の能力が上がってこないことを防ぐために土台をしっかり作り、結果としてスーパーな野球選手を作れたらとは思っています。

●桑原義行(くわはら・よしゆき) 
1982年生まれ、東京都出身。日大豊山高校、日本大学でキャプテンを務め、2004年ドラフトで横浜(現DeNA)の指名を受けプロ入り。ルーキーイヤーに左膝前十字靱帯断裂の大ケガをする。09年8月26日の阪神戦でプロ初本塁打(代打)。11年限りで引退した後は野球振興やジュニアチームのコーチ、2軍マネジャー、人材開発部門リーダーなどを歴任し、昨年新設されたハイパフォーマンス部の部長に就任。

取材・文/村瀬秀信 撮影/村上庄吾