日米でプロ野球が開幕し、選手たちは昨季の自分を超え、そしてチームの勝利に貢献するために奮闘している。選手が自らを高める主な場は春季キャンプだが、メジャーのスプリング・トレーニング(春季キャンプ)を視察した高木豊氏は、日本とメジャーでの調整法に違いを感じたという。

 その違いや、キャンプ地での前田健太(デトロイト・タイガース)との会話の中で気づいたことなどを高木氏が語った。


メジャーでスプリットを習得したタイガースの前田健太 photo by Getty Images

【メジャーは個人の練習時間を重視】

――アリゾナ州で行なわれたスプリング・トレーニングを視察されたそうですが、そこで感じた日本のキャンプとの違いとは?

高木豊(以下:高木) 効率ですね。ひとつのチームが6、7面ものグラウンドを使用し、A班は第1球場、B班は第2球場という形でやっているので非常に効率がいいです。それと、日本の場合はキャンプが興行になっている部分がありますが、メジャーのチームはそういった点をまったく考えていません。

――メジャーは全体練習の時間が短い一方、その前に個人で体を動かし、足りない部分を補強している印象があります。

高木 それは顕著に感じました。個々が自分のウイークポイントを徹底的になくそうとしていましたね。たとえば、逆シングルの守備が苦手であればそこにノックをしつこく打ってもらったり、キャッチャーがワンバウンドを捕球する練習を延々と続けたり、全体練習の前にトレーニングルームで体幹を強化したり......そういう取り組みが目につきました。

――選手がしっかり自己分析をしている、ということでしょうか。

高木 そうですね。そうして長所を伸ばしながら、欠点は確実に直していく。練習もコーチに指示されるのではなく、自ら要求していました。もちろん、日本のチームでも同じようなケースはあると思うのですが、見え方として"やらされている"という感じもありますよね。メジャーは"自分でやっている"という感じです。

――バッティング練習はいかがでしたか?

高木 日本の場合は、フリーバッティングなどで徐々に調子を上げていき、そこから試合に入っていきます。しかしメジャーの場合は、投手がライブBP(実戦形式の打撃練習)でバンバン投げて、野手はフリーバッティングをせずにそれを打ちにいく。それで、その後のオープン戦で状態を上げていく流れです。個人的にこの点に関しては、準備期間をしっかり設けている分、日本のほうがいいのかなと。

 メジャーでは「助走期間はいらない」というか、「結局は試合で打たなきゃいけないでしょ」という感じ。もちろんフリーバッティングもしますが、「そこでいくら打ったってお金にならない」という認識なのかもしれません。

【マエケンもメジャー流でスプリット習得】

――オープン戦に対する考え方の違いも関係がありそうですね。

高木 メジャーではライブBPで"生きたボール"を打つので、それを強く、速く飛ばさなきゃいけないとなると、眠っていた体のキレや感覚が起きてきます。最初は低空飛行でいいから、オープン戦で試合に慣れていけばいいという考えのメジャーと、オープン戦の時点で結果を求められる日本。その違いが関係しているでしょうね。

――大谷翔平選手(ロサンゼルス・ドジャース)も、開幕までに50打席を消化できれば準備を整えられる、という考えのようですね。

高木 結果がどうこうではなく50打席に立つことが目安で、目標はあくまで開幕。大谷の場合はレギュラーが確定していることもありますが、オープン戦は調整期間と割り切って考えていますよね。

 ピッチャーも考え方は同じです。オープン戦の序盤に"お試し期間"があるんです。たとえばスプリットが苦手なピッチャーが、どうしてもスプリットの精度を高めないと三振が取れないとなれば、オープン戦の序盤で徹底的にスプリットを投げてみたりする。あくまで自分本位で、「自主的に練習してきたことを試すために相手がいる」という考え方です。結果が重視される日本のオープン戦とは、少しスタンスが違いますよね。

――現地ではタイガースの前田投手と会ったそうですが、そういった話もしましたか?

高木 試行錯誤を重ねて、自分にとって「これだ!」というものを掴んでいくためには、メジャーのやり方がすごく合っている、と話していましたね。マエケン(前田健太)は日本にいる時はスプリットがどうしてもうまく投げられなかったそうなのですが、メジャーで活躍するために、どうしても空振りを取れるスプリットを投げたかったと。

 そこでいろいろな握りを模索して実践するなかで、薬指を引っかけるようにして投げると落ちるようになったそうです。今ではマエケンに欠かせない武器であり、生命線になっていますよね。昨季のスプリットの被打率は1割台(.182)ですし、ストライク率も相当高いみたいですから(61%)。

何かがうまくいかなくても、諦めずにもがき続けることはすごく大切なんだなと、あらためて気づかされました。マエケンも「このボールを習得していなければ、今頃ここ(メジャー)にはいられなかったかもしれません」と言っていましたよ。

――先ほども話したような、自分で考え、課題克服に取り組む姿勢が成長には欠かせないということですね。

高木 そうですね。野球に限らず、世の中で成功した人間の考え方や生き方をコピーしたからといって、誰もが成功できるわけではない。マエケンが投げられるようになったスプリットの握り方も、単純に「こうボールを挟めば落ちる」という正解はないですから。自分に合ったものを追求し、何度もそれを試したからこそ習得できた。厳しいメジャーの世界で生き抜いていくためには、発想の転換や創意工夫がより必要なんだと思います。

 それと、選手がそういう話を惜しげもなく打ち明けてくれるのも印象的でした。ほかの選手にアドバイスする時も、「自分がこの握りで成功しているから、これをやってごらん」という言い方ではなく、「これが合わなかったら、こっちのやり方でやってごらん。それでもダメなら、こういうやり方もあるよ」ということが言えるんです。自分が試行錯誤しながらやっているから、引き出しも多いんでしょう。

 昨季のマエケンはトミー・ジョン手術明けの影響もあって調子の波がありましたが、シーズン終盤のピッチングはよかったです。今季の初登板は苦しかったですけど(3月31日、ホワイトソックス戦。3回1/3、6失点)、新天地の環境にも溶け込んでいるようですし、今後の活躍を期待しています。

【プロフィール】
高木豊(たかぎ・ゆたか)

1958年10月22日、山口県生まれ。1980年のドラフト3位で中央大学から横浜大洋ホエールズ(現・ 横浜DeNAベイスターズ)に入団。二塁手のスタメンを勝ち取り、加藤博一、屋鋪要とともに「スーパーカートリオ」として活躍。ベストナイン3回、盗塁王1回など、数々のタイトルを受賞した。通算打率.297、1716安打、321盗塁といった記録を残して1994年に現役を引退。2004年にはアテネ五輪に臨む日本代表の守備・走塁コーチ、DeNAのヘッドコーチを2012年から2年務めるなど指導者としても活躍。そのほか、野球解説やタレントなど幅広く活動し、2018年に開設したYouTubeチャンネルも人気を博している。

著者:浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo