プロ野球開幕から1カ月が過ぎ、期待どおりの活躍を見せている選手、思うような結果を残せていない選手など、明暗が分かれた。そんななか、開幕から奮闘するベテランがいる。巨人・菅野智之と中日・涌井秀章だ。ベテランふたりの好調の要因はどこにあるのか? プロ野球解説者の与田剛氏に語ってもらった。


開幕から好調を続けている巨人・菅野智之 photo by Sankei Visual

【軸を整える投球フォーム】

 近年、世代交代の波とでも言うのでしょうか、若い選手の台頭が目立ちます。投手では、常時150キロ台中盤を出す者も珍しくなくなり、制球力、変化球にも優れた投手が増えました。個人的には、オリックスの宮城大弥がいま球界ナンバーワン投手だと思っているのですが、まさにその代表例だと言えます。

 一方で、ピークは過ぎたかもしれませんが、それでも実績を残しているベテラン投手がいます。彼らがどんな調整を行なっているのかと思い、今年2月のキャンプで各チームを見て回ったのですが、そこで印象に残ったのが、菅野智之と涌井秀章でした。

 ふたりとも動きがよく、いい球を投げていました。その理由として、球関節の動きがよくなっていることに着目しました。球関節とは、肩や腰などの関節部位のこと。投手にとっては極めて大事な関節なのですが、ふたりともここがスムーズに動いていました。決して大きなフォーム改造をしているわけではありませんが、関節の動きを意識した印象を受けました。

 開幕してからもそこは変わらず、肩や股関節がよく動いているから軸がしっかりできている。同時に、とくに菅野は少し痩せた印象があり、それにより股関節をよりうまく使えるようになりました。

 右投手なら、左足を上げるときにスッと自然に上がるから立ち姿がいい。昨年までだと、故障の影響もあったのか立ち姿がよくなく、ブレが生じていました。それが今年はしっかり立てていることで、地面のエネルギーを軸足でつかむことができています。

 それは涌井も同じで、彼の場合はしっかり立つためわずかにセンター方向に体を捻る動作を加えることで、より軸足に体重が乗るように努めています。捻りを加えると、横のブレが生じやすくなり、ひとつ間違えればバランスを崩しかねない。でもそれができているのは、状態がいい証拠と言えるでしょう。

 いわゆる"軸を整える"というバランスのいいフォームというのは、投手であれば誰もが目指すところでもあります。ベテラン投手のなかでそれがうまくできているのは、ダルビッシュ有(パドレス)もそうですが、日本のプロ野球では菅野と涌井です。

 また彼らに共通しているのは、左肩の使い方です。左足を踏み出してからの左肩の開きが遅く、バッターからすればタイミングが取りづらいうえ、上半身と下半身で捻転差が生まれるため、ボールに勢いがつく。

 配球については、それぞれの個性が反映されているように思います。菅野はストレートを中心にカットボール、スライダーといった横の揺さぶりで勝負する。涌井もストレート系の球を軸に、フォークを効果的に使うことで高低を生かしたピッチングができています。ともに150キロの球速はありませんが、ストレートを軸にしているところに注目です。

 真っすぐに始まり、真っすぐに終わる──投手にはそんな感覚があります。ただ、若い頃の"ストレート"とベテランのそれは、またちょっと違います。若い頃というのは、速い球を投げることに一生懸命になりがちです。しかしベテランになると、まず体力的に速い球は投げられない。その代わり、球速を求めるのではなくボールの質にこだわります。要するに、変化しないきれいな回転のボールを意識します。

【打者心理を生かした投球】

 そしてもうひとつ、ストレートの使い方を覚えます。ふつうなら真っすぐを選択しないようなカウントで、ヒットになりづらいコースに投げる。また、ストレートを待っているところにあえて投げ込み、絶妙なコース投げ込んで打ちとる。いわゆる"打者心理"を利用したピッチングです。

 特徴的なのは、インコースの使い方です。インコースのボールというのは、ひとつ間違えれば長打が出やすい。そのため、打者も振ってくる可能性が高い。菅野や涌井は、打者が振ってくることを見越して、あえてそのコースよりも少しだけずらして投げることができる。ずらした分、打球は野手の正面に飛ぶか、ファウルになる。そうやってカウント、アウトを稼いでいく。

 よく"ベテランの味"と称されますが、ベテランはバットを振ってくる、ボールに当てられることを想定したピッチングをします。経験の浅い投手は、「いかに打たれないか」「いかにボールに当てさせないか」「いかにランナーを出さないか」を目指して投げると思うのですが、ベテランになれば点を取られないことを最優先します。ランナーを背負ったとしても、点さえ取られなければいいと。

 そうしたピッチングができるのも、これまでの経験から引き出しを増やし、それをマウンドで存分に発揮できるからです。今の菅野や涌井のピッチングを見ていると、引き出しの多さを感じます。現状で勝てる投球を探し、実践できる。たとえば、ある球種の調子が悪かったとしても、ほかの球種、制球力などを駆使してピッチングをする。その引き出しの多さが、今も一線級で活躍できる要因ではないでしょうか。

 もちろん、彼らも人間です。いいピッチングがいつまでも続くわけではありません。シーズンを通して、好調を維持できるかどうかもわかりません。とくに投げたあとの疲労は、ベテランになればなるほど取れにくくなる。首脳陣と相談し、登板調整の工夫も必要になるでしょう。

 しかし、それらも含めてベテランのピッチングを楽しみたいと思います。彼らのピッチングには、一球一球に根拠があります。150キロを超すストレートや派手なプレーは野球の醍醐味ではありますが、ベテランの投じる一球もまた"野球の妙味"です。


与田剛(よだ・つよし)/1965年12月4日、千葉県君津市出身。木更津総合高から亜細亜大、NTT東京を経て、89年のドラフトで中日から1位指名を受け入団。1年目から150キロを超える剛速球を武器に31セーブを挙げ、新人王と最優秀救援投手賞に輝く。96年6月にトレードでロッテに移籍し、直後にメジャーリーグ2Aのメンフィスチックスに野球留学。97年オフにロッテを自由契約となり、日本ハムにテスト入団。99年10月、1620日ぶりに一軍のマウンドに立ったが、オフに自由契約。2000年、野村克也監督のもと阪神にテスト入団するも、同年秋に現役を引退。引退後は解説者として活躍する傍ら、09年、13年はWBC日本代表コーチを務めた。16年に楽天の一軍投手コーチに就任し、19年から3年間、中日の監督を務めた。

著者:木村公一●文 text by Kimura Koichi