ラグビー元日本代表・田中史朗インタビュー<後編①>

 日本ラグビーの数少ないレジェンドのなかでも最も世界に通用するプレーを見せ、自身の名前のみならず日本のラグビーの価値を一気に高めた名スクラムハーフ、田中史朗。このほど引退しピッチをあとにしたが、現役時代から常に愛する日本ラグビーの未来を気にかけてきた。

 新たなスタートを切った日本代表とその候補のなかで期待している若手は誰なのか。そして代表、リーグワンをはじめとする日本ラグビーの発展のために必要なこととは。歯に衣着せぬ姿勢を貫く田中が語る。


日本ラグビーの今後について語る田中史朗 Photo by Tanimoto Yuuri

【リーグワン決勝に日本出身選手が少なかった】

──ここからは日本ラグビーの今後についてうかがいます。まず、リーグワン2023-24シーズンのプレーオフトーナメント決勝(東芝ブレイブルーパス東京24-20埼玉パナソニックワイルドナイツ)の感想からお願いします。

 本当にレベルが高い試合でした。古巣のワイルドナイツは本当にいいラグビーをしていましたが、ブレイブルーパスが気迫で上回りました。敗れたワイルドナイツもリーグ戦全勝というところに強さが表れていました。

 それ以上に気になったのは日本出身選手の少なさです。先発30人中14人、リザーブを含めた全46人中25人でした。今回の決勝に限らず、いろいろなチームが外国出身選手を多く起用しています。このままだと2027年や2031年のW杯の日本代表は外国人中心のチームになってしまうかもしれません。そうなると日本人選手のモチベーションが下がり、日本のファンも減る可能性があります。もっと日本人選手ががんばらないといけないですし、そうなるような環境を作ってほしいと思います。

 ただ、もちろん日本代表には外国人選手の力が絶対に必要です。その選手がどれだけ日本のことを考えて、日本のことを思ってプレーしてくれるかが大事だと考えています。

──ニュージーランド代表として活躍してきたリッチー・モウンガ選手(東芝ブレイブルーパス東京。リーグワン2023-24シーズンMVP)や、ハイランダーズで一緒だった元ニュージーランド代表のアーロン・スミス選手(トヨタヴェルブリッツ)のような世界のトップ選手がリーグワンでプレーしていることについてはどう感じていますか?

 もちろん大型契約も大事ですが、そういう状況が続いているからニュージーランドのレベルが少しずつ下がっているのではないでしょうか。やはり代表選手はニュージーランドに残ってW杯での優勝を目指さないとといけないと個人的には思っています。むしろ日本の選手こそもっと海外に出て強くならなければなりません。


約5分間のラストプレーで見せ場をつくる田中史朗 photo by Tanimoto Yuuri

【子どもたちにプレーの楽しさを伝えたい】

──田中さんは引退会見で「ラグビーを日本のトップスポーツにしたい」とおっしゃっていました。その第一歩として、グリーンロケッツのアカデミーのコーチとして主に小中学生を対象に指導し、その夢を目指していくことになります。

 もちろんラグビーを広めたいという思いもあるのですが、子どもたちがやりたいことであれば何でもいいと思っていますし、そのなかでラグビーを選んでくれたらうれしいですね。グリーンロケッツのアカデミーなので、選手が実際に教えてあげるなど、できれば子どもたちがプロ意識を持てるような環境を作ってあげたいです。たとえば、スクラムハーフとして(相手の)スペースを空けて抜く、または、僕はそういうタイプではありませんがステップを切ってサイドを抜ける、といったプレーの楽しさを教えてあげたいと考えています。

 また、世界のラグビーの映像を見てほしい、という気持ちもありますね。僕はずっとスーパー12(現スーパーラグビー・パシフィック)のプレー映像を見て、それを練習で試して自分のものにしてきたので、レベルが向上したリーグワンでもいいですし、もっと上のレベルのオールブラックス(ニュージーランド代表)やスプリングボクス(南アフリカ代表)などのチームの映像を見せられる環境を作ってあげてもいいのではないかと思っています。

──引退会見では「将来的には日本代表のヘッドコーチを目指す」とも宣言していましたが、いずれはリーグワンのチームでヘッドコーチを務めることも考えているのでしょうか?

 難しいところです。もちろん考えていないわけではないのですが、どこまでが自分に合っているかという問題もあります。ただ、日本代表のヘッドコーチになるにはそういうレベルの高いカテゴリーでコーチングをしないといけないので、まずアカデミーでコーチングの感覚をつかんで、そこから少しずつレベルアップしていきたいと思っています。

──コーチングと同時に、普及活動も継続されるということですね。

 いろいろやっていきたいです。特にラグビーが普及していない地域、リーグワンの選手があまり行かないところなどで子どもたちが少しでも憧れてくれるような存在でありたいですし、たとえばサインをすることによって子どもたちの夢が広がったらいいなと思っています。

──子ども世代の育成、普及を進めていく必要がある一方で、今の大学生やリーグワンの若手の可能性についてはどう感じていますか?

 いい選手がたくさん出てきています。エディー(・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチ)も学生を代表に招集していますし、いい状況ですね。

【世界のトップ選手と切磋琢磨してほしい】

──田中さんは同じスクラムハーフでは藤原忍選手(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)を以前から高く評価されています。

 トータルでは小山大輝選手(埼玉パナソニックワイルドナイツ)のほうが上ですが、伸びしろを含めると藤原選手ですね。彼はスピードもありますし(密集などの)サイドを見る能力もありますので、これから本当に楽しみな存在です。エディー(・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチ)が評価している土永旭選手(京都産業大学)のプレーもこれからチェックしていきたいですね。

 あとは髙本幹也選手(東京サントリーサンゴリアス)ですね。リーグワンの新人賞をもらうべくしてもらった活躍でしたし、落ち着いたパフォーマンスでチームをコントロールしていました。サンゴリアスというチームで全試合10番(先発スタンドオフ)というのはなかなかできることではありません。同じポジションの松田力也(埼玉パナソニックワイルドナイツ)や李承信(コベルコ神戸スティーラーズ)と一緒に切磋琢磨していけるプレイヤーだと思います。

──一方で、若い選手の海外挑戦の機会が以前よりも少なくなっています。近年では姫野和樹選手(トヨタヴェルブリッツ)が田中さんと同じくニュージーランドのハイランダーズで、松島幸太朗選手(東京サントリーサンゴリアス)がフランス・TOP14のクレルモン・オーヴェルニュでプレーしました。テビタ・タタフ選手(ボルドー・べグル)もTOP14で奮闘していますが、海外移籍は一時期よりも多くないように感じます。

 チャレンジ精神の問題ですね。今は環境もお金の面でも日本のほうがいいでしょう。僕は「日本のために」という思いだけでニュージーランドへ行きましたが、今はそういうチャレンジをしたくない選手が多いのかもしれません。これからまた海外で挑戦する選手が増えてくれれば、きっと日本のレベルも上がるのではないかと思っています。

 もちろん国内でプレーすることはデメリットばかりではありません。リッチー・モウンガ選手のような世界のトップ選手が来たことによって、選手たちの意識が上がった側面はあると思います。その点はプラスと言えるでしょう。ただ彼らから学ぶだけでなく、切磋琢磨して彼らを抜くことが大事になってきます。

■Profile
田中史朗(たなか・ふみあき)
1985年1月3日生まれ、京都府京都市出身。日本代表75キャップ。小4 でラグビーと出合い、中学で本格的に競技を始める。伏見工業(現・京都工学院高校)でスクラムハーフとして成長し、1年時に花園優勝、3年時は花園ベスト4。京都産業大学時代にはニュージーランド留学を経験するなどさらに成長し、2007年に三洋電機(のちのパナソニック。現・埼玉ワイルドナイツ)でトップリーグ(現・リーグワン)デビュー。翌2008年に日本代表初選出。2013年、ニュージーランドのハイランダーズと契約し日本人初のスーパーラグビープレーヤーとなり、3シーズン目の2015年は優勝メンバーに。ラグビーW杯は2011年大会から3大会連続出場。2015年大会で歴史的勝利を収めた南アフリカ戦でプレーヤー・オブ・ザ・マッチに。2019年の日本大会では日本代表初の決勝トーナメント進出に貢献した。リーグワン2023-24シーズン終了をもって現役を引退。

著者:齋藤龍太郎●文 text by Saito Ryutaro