ホーム開催のユーロ2024で「ドイツ代表の顔」を挙げるとしたら、誰になるか。生死をさまよう大ケガから見事に復帰を遂げたGKマヌエル・ノイアーか、ユーロ2020決勝トーナメント1回戦イングランド戦の敗退を持って代表引退を表明したあとに復帰し、今大会で現役引退するというドラマチックなストーリーを持つFWトニ・クロースか、ドイツ中の期待を一身に背負う人気選手の21歳MFジャマル・ムシアラか、ということになるだろうか。


デンマーク戦で今大会3ゴール目を奪ったムシアラ photo by Getty Images

 ところが、バイエルンでのムシアラは期待に比して、今ひとつパッとしない。昨季24試合に出場して10得点6アシストは数字として決して悪くないが、ずば抜けているわけでもない。得点ランクも17位タイにすぎない。

 ドイツ最大のサッカーメディア『キッカー』誌が毎試合つける採点(1が最高、6が最低)の平均点は2.95で全体の26位(24位に2.94の伊藤洋輝)。これまた飛び抜けた順位でもない。それでも、ドイツ人記者にアンケートをとれば、キープレーヤーやお気に入りに必ず『ムシアラ』の名前を挙げてくる。

 なぜそこまで期待されるのかといえば、柔らかなボールタッチと、狭いスペースをするすると抜けていくドリブル、クイックネスといったプレースタイルがドイツではあまり見られないから。近いポジションには、直線的なスピードに長けたレロイ・サネ、力強さならフロリアン・ヴィルツといった選手はいるが、ボールを持ったムシアラに魅了される気分はよくわかる。

 ただ、最終的にシュート手前までいくがラストパスの精度に欠ける、時に持ちすぎる──というのがバイエルンでの6アシストという結果に反映されており、物足りなさにつながってきた。

 しかしながら、ユーロ2024のムシアラはデンマーク戦までの4試合で3ゴールと、その物足りなさを払拭している。

【ムシアラが注目する選手はあの16歳】

 決勝トーナメント・ラウンド16のデンマーク戦。開始4分に左CKをドルトムント所属のニコ・シュロッターベックが頭で合わせ、ドイツが先制したかに見えた。試合はドルトムントで行なわれていたため、スタジアムは大いに盛り上がった。だが、これはファウルの判定。

 その後もドイツペースで進み、ユリアン・ナーゲルスマン監督は「すばらしい冒頭の20分間。この戦いができればどこにでも勝てる」と相手を圧倒する時間帯を過ごしたが、得点はならず。前半35分ごろには激しい雷雨で25分ほど試合が中断。稲光が目視でき、スタジアムの天井からも滝のように雨が落ちてくるなか、選手たちはロッカールームに下がって再開を待った。

 後半はふたつのVARが試合の流れを左右させた。ひとつ目は48分のデンマークのゴール取り消し。後方からの縦パスにトーマス・デラネイがつぶれ、ヨアキム・アンデルセンが決めたように見えたが、これはオフサイドの判定。わずかにつま先が出ていたことが確認された。

 直後の51分、今度はドイツの攻撃でダビド・ラウムの左クロスにアンデルセンが自陣PA内で対応。これが再びVARによってハンドの判定となりPK。カイ・ハフェルツが蹴ったPKは53分に決まり、アンデルセンはわずか数分の間に天国から地獄へ突き落とされてしまった。

 そしてこの日、2点目を決めたのはムシアラだった。

 68分、シュロッターベックから左サイドに出たロングボールに抜け出し、マークについていたアンデルソンを巧みに振りきり、ポジションを直したGKカスパー・シュマイケルの位置を見定めて右足でゴール右隅に沈めた。

 ムシアラは今大会3ゴール。ジョージアのジョルジュ・ミカウターゼ、スロバキアのイヴァン・シュランツと並び(6月30日時点)、得点ランクトップに立った。

 確かな存在となりつつあるムシアラが注目するのは「あの若手」だと、ミュンヘンの地元紙『AZ』 が伝えている。

「スペインのラミン・ヤマルが好きなんだ。1対1に強くて、勇敢で、試合を美しくする選手。そういう選手が好きなんだ」

 くしくも次の準々決勝、ドイツはスペインと対戦する。21歳・ムシアラと16歳・ヤマルの若手対決にも期待したい。

著者:了戒美子●取材・文 text by Ryokai Yoshiko