◆これまでのあらすじ

数年ぶりに再会した、医師の陸と外資コンサル勤務のミナト、そして弁護士の幸弘。
3夫婦それぞれが、セックスレスという状況。

幸弘の妻である琴子は、将来子どもをいつ持つか、幸弘に相談する。だが「持ちたいと思ったことがない」と言われてしまい…。

▶前回:広尾に住む、共働きエリート夫婦。新婚当初から寝室を別にしたけれど、ある問題が…



義理両親の押しかけ訪問(小野幸弘・琴子夫婦)


「琴子さん、おはよう〜!あら、掃除したの?気を使わなくていいのに〜」

土曜日の午前10時。

義母の甲高い声が、琴子の頭に響く。

いつも通り、幸弘の両親が早朝から、広尾にある琴子のマンションに押しかけてきた。

幸弘は、いつも何も手伝ってくれないし、今日だって、朝早くから仕事だと言って、出て行った。

新婚当初は戸惑ったものの、琴子も最近は慣れた。

金曜日の夜は、1週間仕事を頑張った自分を労うために、リラックスして過ごすのが琴子の楽しみ。だが、昨日は食材を買い足し、家を隅々まで掃除し、今日のために万全の体制を整えた。

いくら琴子が完璧に準備したと思っていても、重箱の隅をつつくように何かしら欠点をほじくり出すのが、義両親の得意技なのだが…。

前回来た時にも、何かとケチをつけてきた。さて、今日は何を言われるのだろうか。

「あら〜、まだ寝室は別にしているの?そんなだから子どもができないのよ」

朝っぱらから何を言い出すかと思うものの、これもいつものこと。

「幸弘さんも私も寝る時間がバラバラなので、お互いの睡眠と健康のためなんです」

琴子は作り笑いを浮かべながら、定型文を棒読みで答える。

義母も、琴子の回答など聞いていない。

自分の荷物をドンとダイニングテーブルに置くと、部屋の隅々まで確認作業を行う。

「こんなところにゴミ箱を置いていたら、風水的に良くないわ」
「部屋の中に温かみが感じられないわ。こんなだから夫婦仲も冷えるのよ」

琴子が、お茶を淹れながら聞き流していると、義母がリビングに戻ってきた。

「あ、そうだ、これ。琴子さん、見てみて〜」

義母がケリーバッグから取り出したのは、金ピカの謎の神様の置物。

「これ!子宝に恵まれるらしいのよ。私のお友達のお子さん夫婦がね、不妊だったのに、これを飾ってから双子ができたんだって!一気に2人も産んだのよ?私も早速買っちゃった」

嬉しそうに微笑んだ義母は、謎の人形を勝手にソファ前にあるローテーブルの真ん中に飾る。

すると今度は、どっかりとソファに座りテレビを見ていた義父が、カバンからパンフレットを取り出した。


「これ、知り合いのやっているクリニックの不妊外来。ここなら産み分けの相談にも乗ってくれるらしいから。今月末に予約を入れておいたので、2人で行ってみなさい」



義母が義母なら義父も同じ。

人の話をまったく聞かず、自分の考えを押し付けてくる。

せっかくの土曜日だというのに、仕事よりもストレスが溜まる。

琴子は胃をキリキリとさせながらも、嫌な顔を見せずに受け取った。

― お父さんのため、家族のため、それに私のため…。

琴子の父親は、幸弘の父に世話になったので頭が上がらない。

義父がいたからこそ、琴子の父親は国家公務員としても出世ができたし、退職した現在も、いい会社を紹介してもらい、働くことができている。

琴子が勤めている通信会社に、定年間近の父親が役員として入社してきた時には、驚いたと同時に、面倒なことになったな、とも思った。

琴子が出世をしても「お父さんが役員だからね」と嫌味を言われるだろうし、逆に父親の立場が悪くなった時、自身にも多少なりとも火の粉が飛ぶ可能性があるからだ。

つまり、義父の意向で、父親や自分の立場に影響が出る。だから、琴子は、思うところがあっても義両親の言うことを素直に聞くことにしているのだ。



日曜の午後5時。

「はぁーーー。つ・か・れ・た……」

自分でも驚くほど、腹の底に響く低い声を出して、琴子はソファにドスンと横たわる。

1泊2日のワガママで厄介な客をもてなし終え、琴子の気力は底を尽きていた。

半年前から義両親は、家の内装リフォームしているため、彼らは普段軽井沢にある別荘に住み、リモートで仕事をしている。

東京に用事があるときはホテルに宿泊するが、義母がホテルに飽きたと言って、今回のように泊まりに来ることがある。

正直、琴子にとっては、疲れるだけ。

しばらくぼーっとしていたが、金ピカの置物が目に入ってきた。

― 最悪…。

白とグレーを基調にしたモダンな部屋には似つかわしくない、派手な色と主張の強いデザイン。

部屋の中が汚されたように感じるが、捨てるわけにもいかない。

琴子は「義両親対策」と書かれた段ボールの中に、パンフレットやその他のお土産とともに、しまい込んだ。

スッキリした部屋を見て、少しだけ元気を取り戻した琴子は、スマホを確認する。

幸弘からは、何の連絡もない。

結局昨日は、夜遅くに帰ってきて、今朝も早朝から出かけてしまった。多分事務所で仕事をしているか、クライアントと面談をしているはずだが…。

本当に深夜まで仕事をしていたのか、早朝から仕事があったのか、定かではない。

そんな幸弘にまで、イラ立ちが募る。

「仕事、辞めてもいいよ」「子どもって、欲しいと思ったことないんだ」

琴子の子宮筋腫が見つかった際に、幸弘が言った言葉。

幸弘としては気を使ったつもりかもしれないが、琴子にとっては、まったくの的外れな回答だ。

仕事は楽しいし、続けていきたい。

そのことも含めて、将来子どもをどうするかを話し合いたかったのだ。

「でも私、本当に子どもが欲しいのかな…?」

産めないかも、と言われると、産まなきゃ、と焦る。けれど「子どもを欲しくない」と幸弘に言われると、正直わからなくなる。

考えるのが嫌になり、何となくインスタを開く。

すると、友人であるカリンの投稿が出てきた。



辻カリンは、幸弘の中高時代の友人・辻ミナトの妻だ。夫を通じて知り合ったが、今では2人で出かけるほど仲がよい。

インスタには、カリンが幼い娘と一緒に、素敵な家で暮らす様子が映し出されている。

― 幸せそう。こういう人生も、いいよね…。

子どもがいれば、義両親からの「子どもを産め」攻撃から逃れられるし、生活も楽しくなりそうだ。そう思うと、琴子は子どもがいる生活も悪くない、と思う。


元モデル・辻カリン(31)の心の内


「コメント、琴ちゃんからだ〜!」



日曜日の午後6時。神谷町にある高層マンションの一室。

カリンがリビングのソファでインスタのコメント返しをしていると、ミナトが帰宅した。

「おかえり〜!今日は意外と早かったね」

「まあな。つっても今日、日曜日だし。普通なら労基に引っかかるわ」

外資系コンサルタントに勤め、毎日遅くまで休日返上で働くミナトは、不機嫌そうに答える。しかし、3歳になる娘の姿を見て、ふにゃりと表情を崩した。

「パパ帰ってきたよー。今日は何してたの?」

最近のミナトは常にイライラしている。けれど、娘の前でだけは優しいパパの顔に戻る。

正直、土日も潰れるほど仕事をしないでもいいのに、とカリンは思う。

昔一度だけ、そこまで働く必要があるのか聞いたことがある。

「そうしないと、どんどん周りから遅れんだよ。俺がいるのは、生きるか死ぬかの戦場と同じ」

大袈裟な答えが返ってきて、今の会社で働くことにプライドを持っている夫に、これ以上何を言っても無駄だということにカリンは気づいた。

だから、土日も家にいない件については、しばらく見守ることにしている。

カリンがリビングを片付けていると、ミナトが言った。

「なんか散らかってない?」
「あ、ごめん。インスタの写真撮ってたから」
「何?まだやってんの?ってか、それ。また新しい服買ったの?そんな必要?」
「ううん、これは…」
「まあいいわ、お腹減った。ご飯まだ?」
「今温め直すから、ちょっと待って」

カリンが慌ててキッチンに行くのを横目に、ミナトははぁ、とため息をつく。

それでも…。

「うん、美味い。俺、カリンの作る生姜焼き、好きなんだよな」

この一言で、カリンはミナトからの嫌味をなかったことにする。

「そういえば、明後日出張入ったわ。2泊で」
「え、また?あ、来週の土曜日!前から言ってたレストラン、予約してあるからね?」
「あー、来週?俺いないわ。キャンセルしといて」

その時、ブブブとミナトのスマホが振動した。

着信の知らせに、カリンはドキッとする。

― 誰から…?

ミナトは慌てて通話ボタンをタップした。

「Hello? Yeah, how’s it going? Oh sure, let me check…」

大事な仕事の話のようで、奥の部屋へと移動した。

ふぅーっとカリンは大きく息を吐く。一瞬、2年前の嫌な記憶が蘇ったのだ。



ミナトが、浮気未遂をした時のこと。

当時ミナトは、インターンで来たある大学生と2人で飲みに行くなど、良い仲になっていた。

その時はミナトの「彼女と体の関係はなかった」という言葉を信じて、その話は終わらせた。

だが、最近の帰りの遅さや休日出勤、レスが続いていることで、カリンはまたミナトを疑い始めているのだった。


▶前回:広尾に住む、共働きエリート夫婦。新婚当初から寝室を別にしたけれど、ある問題が…

▶1話目はこちら:「実は、奥さんとずっとしてない…」33歳男の衝撃告白。エリート夫婦の実態

▶︎NEXT:4月26日 金曜更新予定
琴子と幸弘は初めて向き合うが、問題はレスだけでなくもっと深刻で…