世界の海運会社が脱炭素のため、貨物船に現代版の“帆”を取り付ける動きを加速させています。甲板に屹立する巨大な柱のような構造物ですが、その種類はいくつか存在。大型から比較的小型のものまで様々あります。

現代の“帆”はだいたい硬い、デカい

 2024年2月、横浜港にオーシャンネットワークエクスプレス(ONE)の特徴的なコンテナ船が寄港しました。甲板に積まれたコンテナのうち2つに、巨大な柱のような構造物が屹立しているというもの。この柱は現代の“帆”にあたります。

 この船は1042TEU型コンテナ船「KALAMAZOO」で、オランダのエコノウインドが開発したコンテナ型の風力推進アシスト装置「VentoFoil(ヴェントフォイル)」をトライアル運用しています。ヴェントフォイルは「硬翼帆」の一種で、サクションセイルとも呼ばれるものです。よく見ると飛行機の翼のような形状をしており、翼の両面の気圧差で推進力を生み出す装置となっています。

 同様の巨大な「帆」は、世界の海運会社が積極的に導入を進めています。

 2050年国際海運カーボンニュートラルに向け、海事産業ではLNG(液化天然ガス)、メタノールを燃料として導入しつつ、水素、アンモニアといった利用時にCO2(二酸化炭素)の排出しないエネルギーの導入を模索しています。一方で、これらは重油に比べて燃料タンクのスペースが大きくなる上、燃料自体のコストも高くなるため、1%でも燃費の効率化が必要な状況となっています。その解決策の一つとして注目されているのが「帆」による風力推進の導入です。

 一口に風力推進装置と言っても大きいマストと布のような柔らかい素材を組み合わせた「軟翼帆(ソフトセール)」から、帆の部分にGFRP(ガラス繊維強化プラスチック)などの軽量素材を使った「硬翼帆(ハードセール)」、そしてマグヌス効果と呼ばれる物理現象を推進力に利用する「円筒帆(ローターセール)」と様々あります。

日本の船では「硬翼帆」がすでに実用化

 その中でも日本で実用化された代表的な風力推進装置は、硬翼帆タイプの「ウインドチャレンジャー」です。実際に商船三井が運航する10万重量トン型ばら積み船「松風丸」に搭載され、豪州やインドネシア、北米などから日本へ火力発電所で使用する石炭を運んでいます。

「ウインドチャレンジャー」は状況に合わせて角度や高さの変更が可能な4段階の伸縮機構を備えた硬翼帆です。搭載第1船である「松風丸」が大島造船所で竣工したのは2022年10月のこと。ウインドチャレンジャーの最大高は54m、幅はブリッジからの視野角を確保できる15m。荷役などの作業時に支障がないよう高さは約22mまで下げられます。GFRPを採用することで軽量化を図っており、帆全体の面積を大きくすることができました。

日本郵船は“もうちょっと短いの”を導入

 商船三井は2023年4月に発表した「商船三井グループ環境ビジョン2.2」で、2035年までにウインドチャレンジャー搭載船を80隻導入する計画を明記しており、日本製の次世代帆船が続々と登場する見通しです。

 ウィンドチャレンジャーに似たような形のものとしては、英BARテクノロジーズの硬翼帆「Wind Wings(ウインド・ウイングス)」があります。こちらは既存船への搭載を進めており、2023年10月には21万重量トン型(ニューカッスルマックスバルカー)の「Berge Olympus」に、高さ37.5m、幅20mのウインド・ウイングスが4本取り付けられ商業運航を始めています。

 一方で別のタイプの硬翼帆を導入しようという動きもあり、その一つが前出のONEが導入した「ヴェントフォイル」です。

 日本郵船グループは2023年7月にヴェントフォイルの導入を発表しており、それによれば全長20フィートのフラットラック(側壁と屋根がないコンテナ)を土台として、船上に約16mの翼を立ち上げ、帆の役割を果たすとしています。翼に開けられた吸い込み口から風を取り込み、気圧差を増幅させてより強い推進力を得られる点が特徴で、同種の装置としては小型なため荷役の邪魔になりにくく、搭載や移設が容易とされています。

 丸紅が業務提携契約を結んだスペインの「バウンド・フォー・ブルー(b4b)」もサクションセイル「eSAIL」を開発しています。b4bは穀物大手の仏ルイ・ドレフュスが用船するジュース船「Atlantic Orchard」に4本のeSAILを搭載する契約を結んだと2023年12月に発表しました。

世界の潮流は「柱」タイプ

 ただ世界的に見ると、設置が容易な円筒型の「ローターセール」が増えてきているようです。

 英アネモイ・マリン・テクノロジーズはブラジルの資源大手が運航する世界最大となる40万重量トン型超大型鉱石船(VLOC)「Sohar Max」に、フィンランドのノルスパワーはドイツの大手船社オルデンドルフ・キャリアーズのポストパナマックスバルカー「Dietrich Oldendorf」にローターセールを搭載することで合意。さらにノルスパワーは仏船主ルイ・ドレフュス・アルマトゥールズとの間で、エアバス向けにチャーターされるメタノール燃料RORO船3隻にローターセールを搭載する契約を結んでいます。

 商船三井は6万2900重量トン型バルカーにもウインドチャレンジャーを搭載することを決めていますが、同船にはアネモイ製のローターセールも取り付けられます。このように複数の風力推進装置を設置する計画もあり、海運の脱炭素に向けた取り組みはまだ試行錯誤が続きそうです。