先頃、アルファ ロメオがお披露目した新しいコンパクトクロスオーバーSUVは、デビュー直後に改名を強いられるなど、予想外の注目を集めています。レクサス「LBX」とほぼ同サイズを持つ新型「ジュニア」のポイントを、自らもアルファ ロメオ車のオーナーである自動車ライターの嶋田智之さんが深掘りします。

ボディサイズはレクサスの“小さな高級SUV”とほぼ同じ

 アルファ ロメオが2024年4月10日にお披露目した新たなコンパクトクロスオーバーは、デビュー直後から想定以上の注目を集めました。クルマ自体の話題もさることながら、短期間のうちに改名を強いられたことも人々の耳目を惹くこととなったのです。

 アルファ ロメオは1910年、イタリアはミラノの地に誕生しました。その史実を象徴するかのように、新たなコンパクトクロスオーバーは「ミラノ」という名で一度デビューを果たします。

 実はこの車名、一般公募の中から選ばれたものだったのですが、驚くべきことにデビューから数日後、なんとアルファ ロメオは車名を「ジュニア」に変更すると発表しました。どうやら発表直後に、イタリア政府より「『ミラノ』を車名に使うことを禁じる」という介入がアルファ ロメオに対してあったようなのです。

 現地でのウワサによると、「ポーランドで生産されるクルマなのに『ミラノ』と名乗るのは法律違反だ」というのが、車名の使用が禁じられた理由。確かにこのニューモデルは、アルファ ロメオが属すステランティスグループ内でプラットフォームを共有するモデルたちと同様、ポーランド工場で生産されます。

 そしてイタリアには「イタリアの製品だと誤解させる表示を禁じる」という法規制があるようなのです。ですが、自動車メーカーだってそんなことは百も承知。諸手続を経て正式に車名を登録してるわけです。

 しかも、2023年末からニューモデルの名称を発表していたにも関わらず、発表してから横やりを入れてくるなんて……政府がマヌケなのかそれとも何かのイジメなのか。なんだかキナ臭い匂いがしないでもないですが、いずれにしろ前代未聞の出来事であったことは間違いないでしょう。

 それに対してアルファ ロメオは、実に大人の対応をしたと思います。同じく一般公募の中から「ジュニア」という車名を選び、「多くの人からのポジティブなフィードバックやイタリアのディーラーネットワークからの支援、ニューモデルに対する注目を集めてくれたメディア、そしてこの議論を起こしてくれたイタリア政府に感謝します」と、粋とも皮肉とも受け取れるコメントと合わせて改名を発表したのでした。

 個人的に「ジュニア」という名称、「いいチョイスなんじゃない?」と思います。初代「ジュリア」の時代に、若者に向けたモデルとして「GT1300ジュニア」というモデルをリリースして以来、リーズナブルだけどアルファ ロメオらしい走りを体現したモデルに何度か「ジュニア」というサブネームを与えてきたという歴史に根ざしてますし、現代のラインナップのボトムに置かれる最も小さなモデルでもあることを考えれば、ふさわしいとすら思えるからです。

 そして「イタリア政府よ、いい宣伝になる機会をつくってくれてありがとう」ではないですが、普段、さほどクルマのことを報じないメディアまでがニュースにしたケースが多かったので、今回の事件はニューモデルの存在を再び広く知らしめる役割を果たしたのは確かです。

 それもさることながら、もとよりこのクルマに関しては、発表前からファンの間でさまざまな議論が交わされていました。そしてオンラインでの発表会直後、SNSなどでは世界中で爆発的といえるくらい、さまざまな意見が飛び交っていました。

 おそらくその理由のひとつは、アルファ ロメオブランド初の純粋なBEV(電気自動車)と、「トナーレ」同様のMHEV(マイルドハイブリッド)という2本立て、つまり、「アルファ ロメオなのに電動モデルのみ」というラインナップが、内燃機関好きのアルファ ロメオのファンたちを、よくも悪くも刺激した、ということがあると思います。

 そしてもうひとつ……というか、こちらの話題の方が圧倒的に多かったのですが、スタイリング、とりわけフェイス回りのデザインに注目が集まったことも大きかったと思います。

 何しろ、“コの字”と“逆コの字”を組み合わせたヘッドランプ回りと、新しい意匠の“スクデッド=盾”が与える印象が、近年の「ジュリア」、「ステルヴィオ」、「トナーレ」とは異なり、かなりアグレッシブ。なかでも、オンライン発表の際にファンが目撃した個体のスクデッドは、エンブレムと同じ十字と“ビシォーネ”が大きく透かし彫りにされたタイプで、それが初見ではちょっとばかり衝撃的でした。

 本国のWEBサイトなどをよく見てみると、戦前のモデルのように、メッシュの上に「Alfa Romeo」の文字が斜めにあしらわれた、落ち着いた雰囲気の意匠も存在してることが分かるのですが、ともあれ、最初に見せられたフェイス回りに戸惑いを感じた人が多かったのだと思います。

 ちなみに、紋章が透かし彫りにされるのは「プログレッソ(=進歩/発展)」というタイプで、筆記体の「Alfa Romeo」ロゴの方は「レジェンダ(=伝承/伝説)」と名づけられています。公式アナウンスはありませんが、イタリアの製品サイトをくまなく見た限り、どうやら「レジェンダ」は標準モデル用、「プログレッソ」はスポーツモデル用という棲み分けになってるようです。

●印象的なルックスにプレミアム感の強いインテリア

 新型「ジュニア」のフォルム全体を見てみると、高いショルダーに低いルーフ、短い前後オーバーハング、ボリューム感のある前後フェンダーとそれをつなぐ軽やかで筋肉質なキャラクターラインが目を惹きます。

 最低地上高が高めであることを除けば、そのシルエットはスポーティなハッチバックのようにも感じられ、写真で見る限りは「悪くない」と思います。

 ただし、美醜に関して問われたら、僕(嶋田智之)も素直に「美しい」と答えることはしませんし、もっと誰もがすんなり馴染めるデザインの方が、販売面では有利だろうなと感じたところはありました。SNS上でもそうした声が多かったです。

 とはいえ、アルファ ロメオのニューモデルが発表された直後は、いつもそんな感じなのです。とりわけ熱心なファンたちはブランド愛が強いからか、こだわりが深いからか、多くの人たちがまず、新しいアルファ ロメオをナナメに見ることからスタートし、徐々に慣れ、最終的には「あらためて見てみると結構いいね」みたいなことをクチにするようになるのです。

 例えば、“醜い「ジュリア」”と呼ばれた初代「ジュリア」のベルリーナ、「75」、2代目「SZ」、そして「155」、さらには「ミト」もそうだったといえるかもしれません。少し時間が経ってから、評価が上向きになったモデルは少なくないのです。

 アルファ愛が強い人たちにとっては、馴染んでいく時間が必要なのですね。ちなみに僕個人もひとりのアルファ ロメオ・ユーザーであり、アルファ愛もそれなりにあると思うのですが、ここ数日、「ジュニア」の写真を見る時間がものすごく長かったせいかすっかり馴染んでしまい、美しいとまではいわないまでも、小さいくせに力強い塊感のあるシルエットに、すでに惹かれ始めてるようなところがあります。

 考えてみれば、そもそもアルファ ロメオのスタイリングデザインは、長い歴史を振り返ってみても、常に美しかったというわけじゃありません。ただ、それぞれの時代の同じクラスのクルマたちの中で最も目を惹くインプレッシブな姿をまとっていた、というのは確かな事実です。だから心に残るのです。

 それに沿ってもの申すなら、新しい「ジュニア」はいかにもアルファ ロメオらしいモデル、といえるでしょう。

 他社の何かに似てる、という意見も多々見かけました。実は現行「ジュリア」がデビューしたときも、国産某車やドイツ製某車に似てるという意見を見かけたり聞かされたりしました。

 けれど、今では誰ひとりそんなことをクチにはしませんし、むしろセダンの中では最もスタイリッシュと評価する人が少なくないほどです。アルファ ロメオのスタイリングデザインとは、そういうものなのでしょう。

 一方、インテリアのデザインはどうかといえば、水平基調のダッシュボードに2眼のメーターナセルを基調とした、アルファ ロメオの伝統的な様式を現代的に進化させたものになっているといっていいでしょう。

 操作系のすべてがドライバーの操作しやすい位置にレイアウトされていて、ダッシュボード中央の10.25インチのタッチスクリーンモニターが従来のモデルよりも低く、ドライバーに向けて配置されているのもそのためです。

 エアコンの吹き出し口が、象徴的な“クアドリフォリオ”をモチーフとしたカタチになっているのも面白いところです。あくまでも写真を見た限りですが、素材などにもこだわっているようで、このクラスとしてはプレミアム感の強い仕立てとされているように感じます。

新型「ジュニア」がポーランドで生産される理由とは

 新型「ジュニア」の車体は、ジープ「アベンジャー」やフィアット「600e」などと同じく、ステランティスの電動モデル用プラットフォーム“e-CMP”を基本骨格として構成されています。「ジュニア」がポーランドで生産されるのは、そのためです。

車名変更やフル電動化、さらに印象的なルックスなど、デビュー直後から話題に事欠かないアルファ ロメオの新しいコンパクトSUV「ジュニア」

 ボディサイズは、イタリアの製品サイトによると全長4173mm、全幅1781mm、全高1505〜1535mmとなっています。これは「ジュリエッタ」と「ミト」の間に位置する数値で、プジョー「2008」より少し短くなっています。

 分かりやすいところでいうなら、レクサスの“小さな高級SUV”である「LBX」(全長4190×全幅1825×全高1545mm)と同じくらいのサイズ。いうまでもなく、日本の路上においても扱いやすいサイズですね。

 それでいて新型「ジュニア」は、400リッターという荷室容量を確保しています。Bセグメントのクロスオーバーとしては十分な広さといえるでしょう。

 ラインナップは、大きく分けて2系統。ひとつは、ブランド初の純粋なBEVである「エレットリカ=elettorica/電気式」。もうひとつは「トナーレ」のハイブリッドと同様、MHEV仕様となる「イブリダ=ibrida/ハイブリッド」です。

「エレットリカ」は、容量54kWhのリチウムイオンバッテリーをフロア下に敷き、モーターで前輪を駆動。出力は、ベースグレードでは156psと260Nmを発生します。数値だけを見るなら、ジープ「アベンジャー」やフィアット「600e」と共通ですが、出力特性を変えている可能性はあるでしょう。

 それに、車重が1545kgと同クラスのライバルたちの平均よりおよそ200kg軽いということなので、スポーティな走りを期待できそうです。航続距離はWLTPモードで410km、市街地モードで590km。100kWの急速充電噐を使えば、残量10%から80%まで30分もかからずに充電可能で、ボンネットフード下には充電用ケーブルなどを収める“ケーブルオーガナイザー”が備わります。「そこそこ以上に実用的」といえるでしょう。

 さらに後から「エレットリカ・ヴェローチェ」という高性能版が追加されることも発表されています。こちらの出力は240ps。スポーツサスペンション、前後高剛性アンチロールバー、トルセンLSD、φ380mmディスク+4ピストンモノブロックキャリパーのフロントブレーキ、20インチの専用タイヤなどが与えられた、よりスポーティな走りを楽しめる高性能モデルです。

 対する「イブリダ」は、可変ジオメトリーターボつきの1.2リッター3気筒エンジンと6速DCT、そしてトランスミッションに組み込まれた28psの電気モーターで構成された48Vハイブリッドシステムを採用しています。

 システム総合出力は136ps、車重は1305kgと軽い部類です。詳細は伝えられていないのですが、DCTにモーターが組み込まれていることから、システム自体は「トナーレ」のハイブリッドに搭載されるそれを進化させたものだと思われます。

 MHEVながらモーターのみで走れる点も同様で、「ジュニア・イブリダ」は一般的な市街地では半分以上の時間を電動モードで走行でき、電動走行時の最高速度は150km/hまで引き上げられてるようです。

 こちらも前輪駆動がメインとなりますが、後に4WDの「ジュニア・イブリダQ4」が追加されることが明らかにされています。このQ4モデルには、通常の“DNAシステム”にある3つの走行モードに加え、低グリップ用のモードも設定されるようです。

●シャシーのセッティングはアルファ ロメオのエースが担当

 新型「ジュニア」のシャシーについては、分からないことだらけです。トレッドもホイールベースも、サスペンション形式も前後重量配分も未発表。ただし、14.6:1というステアリングギア比だけは発表されていて、一般的な乗用車よりはクイックなものの、「ジュリア」、「ステルヴィオ」、「トナーレ」と比べればややスローな設定となっているようです。

 BEVは内燃機関搭載モデルよりも重心位置がはるかに低いため、こういう設定になっているのか、それ以前に、「トナーレ」がMHEVとPHEV(プラグインハイブリッド)でレシオを変えているのと同様、BEVとMHEVで異なる設定となっているのか、その辺りも不明です。

 それでも、新型「ジュニア」が間違いなく素晴らしいハンドリングフィールを持ち、ドライバーが走る楽しさを満喫できるクルマに仕上がってるだろうと予想できるのは、「ジュニア」のダイナミクスを担当したのがドメニコ・バニャスコ氏率いる開発チームだから。

 バニャスコ氏というのは、「8C」、「4C」、「ジュリアGTA/GTAm」、「33ストラダーレ」といったモデルを担当してきた、アルファ ロメオのスペシャルビークル担当チーフエンジニア。いわばアルファ ロメオのエースなのです。

 彼が手がけたクルマに、ハズレはありません。「トナーレ」でもロール軸のフロント側を低くセットすることで、俊敏で楽しいハンドリングを実現していました。バニャスコ氏のチームがどんな手を使ってBEVの運動性能をつくり上げたのか……期待は高まるばかりです。

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 新型「ジュニア」は現在、現地でローンチエディションである「スペチアーレ」の受注がスタートしていて、価格は「イブリダ・スペチアーレ」が3万1900ユーロから、「エレットリカ・スペチアーレ」が4万1500ユーロからとなっています。また、通常モデルは「エレットリカ」のみ価格が公表されていて、そちらは3万9500ユーロからとなっています。

「ミト」や「ジュリエッタ」からの乗り換え客の獲得も想定してるだけあって、なかなか頑張った価格設定になってると思います。為替の問題が気がかりではありますが、日本導入時も想像より手に入れやすい設定になるのでは? と期待しちゃいます。

 現時点ではまだ分からないことの多い新型「ジュニア」ですが、おそらく続報がもたらされるのは2024年6月頃となりそう。イタリア・バロッコにあるテストコースで国際試乗会が開催されることになっているからです。そのときには、今回知りたくても知ることができなかったデータなども明らかになるでしょう。