全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第78回は、神戸市中央区の「coffee up!」。店主の金藤さん夫妻は、共にオーストラリア・メルボルンのカフェで、バリスタとして勤めた経験の持ち主。「ローカルコーヒーショップの文化に親しんでほしい」と、サービスからメニューまで、メルボルンスタイルを神戸で体現している。4年前に開店したコーヒースタンドに続き、2022年には焙煎所を併設した姉妹店、「ridge」もオープンし、本格的に自家焙煎もスタートした。「お客さんに、より多様なコーヒーの楽しみ方を伝えるのもバリスタの仕事」と、日々提供する一杯と共に、日常に深く根付いたコーヒーカルチャーを発信。2人が思い描く“街に欠かせない一軒”の役割とは。

Profile|金藤真麻(きんとう・まあさ)
1985年(昭和60年)、神戸市生まれ。10年勤めた小学校教員を辞め、ワーキングホリデーを利用してオーストラリア・メルボルンへ。現地のコーヒー文化に魅了され、現地でバリスタに転身しカフェで2年間研鑽を積む。帰国後、西宮にあるTAOCA COFFEEでの勤務を経て、2018年、神戸市中央区に「coffee up!」を開業。2022年には、神戸市北区に焙煎所を兼ねた姉妹店「ridge」もオープン。現在は2歳になる子どもを育てながらローカルカフェカルチャーを体現するショップを運営する傍ら、バリスタチャンピオンシップ審査員やバリスタトレーニング・専門学校講師など、バリスタ育成にも力を入れている。

Profile|金藤智也(きんとう・ともや)
1994年(平成6年)、大阪府生まれ。外国語大学在学中にワーキングホリデーを利用し、コーヒー修行のためメルボルンへ。2年間、現地のローカルカフェで研鑽を積み、海外でのラテアート競技会にも多数入賞。帰国後は大手コーヒーロースターにて日本のコーヒー文化を学び、2018年、真麻さんと共に「coffee up!」を開業。現在は焙煎所「ridge」にてバリスタ・ロースターを務める。2019年には世界大会であるFree pour latte art grand prix 優勝。Qグレーダー資格の取得・各種競技会への挑戦・外部出張講師など、店舗運営の傍ら幅広く活躍する。

■生活に息づくカフェカルチャーを日本にも
大通りの角地に立つ店の中は、真っ白なフロアに陽光が満ちる清々しい雰囲気。3方向に開いた出入口からは、まるで道を行き交うようにお客が立ち寄り、思い思いのオーダーを伝えていく。通りの延長のようなフラットで、オープンな空間は、店主の2人が、かつて滞在したオーストラリア・メルボルンのカフェの空気を体現している。「メルボルンの街には、大げさではなくコンビニか自販機くらいの密度でカフェがあります。どこにいてもすぐに寄れるので、ペットボトルを持ち歩く人は見かけないですね」という真麻さん。現地小学校教員としてワーキングホリデーで滞在中、カフェを巡るうちに苦手だったコーヒーを飲めるようになり、1年だけのつもりが、気付けばそのまま現地でバリスタに転身。カフェのある日常を体感したのを機に、「日本でも、暮らしに息づくコーヒー文化を広めたい」との思いが、この店の原点にある。

片や、智也さんは、学生時代からのコーヒー好き。在学中に、同じくワーキングホリデーでメルボルンへ渡り、カフェで働きつつバリスタとして腕を磨いた。「街のあちこちの店でカッピングやバリスタのコンペが開かれていて、日常的に参加できる機会がたくさんあるのは、この街ならでは」と、自身も現地の競技会にもチャレンジし、滞在2年にして2回の優勝を経験するなど、実力を伸ばしていった。そんな2人が、日本から遠く離れたメルボルンで出会ったのは、まさにコーヒーが取り持つ縁といえるだろう。帰国後は別々のロースターでさらに経験を積み、2018年、「coffe up!」をオープンした。

コーヒーのメニューは、ミルク系の有無でブラックとホワイトのカテゴリーで提案。スペシャルティコーヒーの多様な産地特性を楽しめるドリップコーヒーや、ラテよりもフォームミルクが少ない現地の定番・フラットホワイトなどのラテ系、コーヒーを使った季節のセグネチャービバレッジに、お子様向けのものも。「自在にアレンジも可能ですし、バリスタと一緒にメニューを相談しながら決めるお客様もとても多く、コーヒーの多様な楽しみ方を伝えられるバリスタとしてのカウンターサービスはとても大切にしています。多くのコーヒーメニュー一つひとつに対してこだわりを持って検証を重ねるのは、バリスタたちにとって大変なことですが成長につながっており、この一連の業務がバリスタのメインミッションです」

ほかにもベイクや軽食があったり、気に入ったコーヒーは豆購入ができたり、老若男女どんなお客様も歓迎するメニュー・商品構成は、日常的に利用するローカルコーヒーショップにとって不可欠な、メルボルンのコーヒーカルチャーの本質だ。

■郊外でも品質のいいコーヒーが体験できる“峠の焙煎所”
当初コーヒー豆は、焙煎事業を見据えた勉強も兼ねてマルチロースターとして国内外さまざまな焙煎所の豆を使っていたが、2022年、焙煎所を併設した姉妹店「ridge」を開店し、本格的に自家焙煎をスタート。智也さんがロースターとして、店の味作りを担当している。「本格的に焙煎修行をしたのは帰国後ですが、オーストラリアでも学んだり有名ロースターから直接教わったりしていました。今は商社から自身で原料を選定し焙煎できるので、お客様にも勧めがいがあります。何かと突き詰めるタイプなので、焙煎にもやりがいを感じています」と、新たな仕事に手ごたえを感じている。

日々の焙煎を行う「ridge」は市街から車で約20分、真麻さんの地元でもある神戸市北区にある。峠を意味する店名通り、六甲山を越える峠のてっぺんに建つ店は、駅前にある本店とは一転、緑深い静かなロケーションが魅力だ。「メルボルンのカフェは、どんな郊外のエリアにも地元の人々のお気に入りの一軒があり、健康的で品質のいいお店が多くて。決して街中ではない私の地元でも、バリスタによる品質のいいコーヒー体験を楽しんでほしいと思ったんです」と真麻さんの思い入れもひとしお。開放感たっぷりの店内には、目の前でコーヒーを淹れるカウンターやカフェスペースも併設。 「バリスタとの会話の中で、コーヒーの楽しみ方の多様性に触れ、コーヒーショップのよさを感じてもらえる場に」との思いが形になった空間だ。

時季ごとに替わるスペシャルティコーヒーの品ぞろえは、深煎りのブレンド1種に、個性豊かなシングルオリジン4〜5種を提案。はじめはブレンドを注文するお客が大半だったが、風味の特徴を丁寧にプレゼンし、さまざまな豆の風味を試してもらうことで信用を得て、今ではシングルオリジンのファンが多くを占めるまでになったとか。柑橘、ハーブのような爽やかなフレーバー、フローラルな芳香やワインを思わせる果実味など、今までにない多彩なコーヒーとの出合いを演出する。

さらに、メルボルン仕込みのスイーツやフードも充実。「ridge」限定のシナモンロールをはじめ、バナナブレッドやマフィンといったベイクに加え、午前中はアボカドトーストやプルドポークホットサンドなどのブレックファストも提供。「coffee up!と同じく、朝から健康的にコーヒータイムを楽しめるように。家では普段作らないようなメニューラインナップを心がけ、メルボルンのカフェで大好きだったものを用意しました。朝カフェをルーティンにするよさをぜひ感じていただきたい」という真麻さん。ちょっと早起きして、爽やかなカフェタイムから気持ちのいい1日を始めるのも、ここならではの醍醐味だ。

■“自分好みの楽しみ方”を広げる、日々の一杯の積み重ね
「coffee up!」と「ridge」では、ラテアートやハンドドリップの教室も定期的に開催。店の営業とは別の形でも、コーヒ−に親しむ機会を広げている。

近年は、メルボルン帰りのバリスタも増えつつあるが、ここでは一般のコーヒー教室以外にも、開業希望者や海外で働きたいバリスタにプライベートレッスンも実施している。「世界のどこでも、どんなコーヒーショップでも通用する知識と技術を習得したバリスタを育成するために、レッスンにも力を入れています。そのために私たち自身が日々学び、挑戦し続けアップデートし、得たものを惜しみなく伝えるという役割にもやりがいを感じています」と、自身の体験をもとに、多くのバリスタを送り出している。

スペシャルティコーヒーの普及以降、全国的にコーヒー専門店は今も増えているが、豆の販売を主体とする店が多く、メルボルンのような、地域の老若男女誰もが生活の一部としてコーヒーショップに親しむようなカルチャーはまだまだ築かれていない。 「豆売り主体のお店で一部のコーヒー好きに限られる客層も、メルボルンのようなショップスタイルなら、地域でコーヒーショップに親しむ人を増やすことができます。バリスタとして、コーヒーと向き合い、それを伝え、街の人々のコーヒー観を育てることもできる。需要があれば質の高いコーヒーショップの数も増え、その循環でいいコーヒー文化は作られていくのだとメルボルンで目の当たりにしました。神戸の街でもそんな可能性を持ったコーヒーショップで働きたいと思ったが、なかなかなくそれなら自分がそういう場を作ろうと思ったのが、開店の理由でした」と真麻さん。それでも、これから多くのバリスタが海外に渡り、2人と同じ思いを持った店も増えつつある。より質の高いコーヒーの楽しみ方を伝え広めるこの店で、日々提供する一杯は、小さくとも着実にコーヒーカルチャーの変化を進めている。

■金藤さんレコメンドのコーヒーショップは「KUUHAKU COFFEE」
次回、紹介するのは、兵庫県姫路市の「KUUHAKU COFFEE」。
「姫路でスペシャルティコーヒーと言えばこの店。同業者からも信頼厚い一軒です。店主の寳さんは、サイフォン専門店を経て、あちこちで間借りで店を開きながら1年半前に開店。数少ない、スペシャルティコーヒーとサイフォンのスタイルで、コーヒーシーンを盛り上げています。また、自身の学びや競技会への挑戦にも熱心に取り組み、得た経験を多くの人に惜しみなくシェアしてくれます。最近、2号店であるロースタリーもオープンしました」(金藤さん)


【coffee up!のコーヒーデータ】
●焙煎機/ プロバット 5キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)、エスプレッソマシン(シネッソ)
●焙煎度合い/浅〜中深煎り
●テイクアウト/ あり(450円〜)
●豆の販売/シングルオリジン5〜6種、100グラム850円〜

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治

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