ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の創設者エフゲニー・プリゴジン氏が武装蜂起を宣言して23日で1年となる。プーチン政権は、4月に当時の国防次官を拘束して以降、プリゴジン氏が生前、激しく糾弾したセルゲイ・ショイグ前国防相に近い政府高官らを次々と粛清している。ウクライナ侵略が続く中、国防省の腐敗体質への世論の批判をそらす狙いとみられる。

 6月上旬、西部サンクトペテルブルク郊外の墓地。「プリゴジン氏の墓へ」という標識に沿って進むと、背後の木に監視カメラが設置された墓にたどりついた。誕生日の6月1日に除幕されたプリゴジン氏の像の前には花が手向けられ、なお支持者の存在を感じさせる。

 「ショイグ! ゲラシモフ! 弾薬はどこだ!」

 昨年5月の動画で戦闘に必要な弾薬不足を訴え、ウクライナ侵略の指揮をとるショイグ氏やワレリー・ゲラシモフ参謀総長を「無能」と激怒したプリゴジン氏。同じ動画で、国防省を念頭に、汚職で得た財産で豪遊する高官らも糾弾した。

 プリゴジン氏が死亡し、ワグネルは事実上解体され、批判の的だったショイグ氏やその側近らは権力を維持した模様だったが、今年5月に5期目に入ったプーチン大統領は、ショイグ氏を国防相から外し、国防省や軍の粛清に乗り出した。

 「ショイグの金庫番」とも称されたティムール・イワノフ国防次官が4月に収賄容疑で拘束された。ユーリー・クズネツォフ人事総局長、ワジム・シャマリン軍通信総局長らも収賄容疑で相次いで拘束された。

 イワノフ氏は、妻が豪勢な生活を送っていたことを、今年2月に露刑務所で死亡した反政権運動指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏が設立した反汚職団体が暴露していた。シャマリン氏は軍用通信機器を供給する工場から賄賂を受けたと報じられた。露国営のロシア通信もシャマリン氏の妻による高級車の購入を報じているのは、政権が汚職摘発を通じて支持を得ようとしている証拠だ。

 露メディアによれば、ウクライナ侵略に伴う軍事予算の膨張でショイグ氏が長年トップを務めた国防省は、特に汚職の温床と指摘されてきた。緊急性や保秘が求められる兵器関連の調達は「競争入札も行われず、国家機密を理由に外部監査も免れる」(専門家)という。

 イワノフ氏が務めた国防次官は、大半の契約をサインする権限を持っていたとされる。プリゴジン氏の死後も保守派の軍事ブロガーらはショイグ氏周辺の腐敗を批判し、プリゴジン氏の支持者らも同調していたとみられる。侵略が続く中、国民の不満が爆発する前にプーチン氏が粛清に踏み出したとの見方が濃厚だ。欧米メディアは、プリゴジン氏の生前の異名にちなみ、「亡き『プーチンの料理人』の願いがかなった」(米CNN)とも論評している。

 ◆ワグネルの武装蜂起=プリゴジン氏が昨年6月23日深夜、SNSで宣言して始まった反乱。ワグネル部隊は露南部ロストフ州の露軍南部軍管区司令部を制圧し、「正義の行進」と称して首都に向かったが、プリゴジン氏が24日夜に部隊撤収を指示し、収束した。

 プーチン大統領は「裏切り」と糾弾した。直後にプリゴジン氏と会談し、一度は和解したようにもみえたが、プリゴジン氏は8月、搭乗した自家用機が墜落して死亡。政権は否定したが、米欧などは政権に殺害されたと批判した。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、プーチン氏の側近が暗殺命令を出したと報じた。