経営企画の役員に「技術一筋の人物」を大抜てき

――2020年3月期決算で「3期連続赤字」という危機を迎えた橋本氏は、聖域なき生産合理化を進めるために「粗鋼*1生産能力の2割削減」を掲げました。この大仕事を任されたのが当時、名古屋製鉄所所長から常務執行役員に抜てきされたばかりの今井正氏です。橋本氏はなぜ今井氏に任せたのでしょうか。

上阪 製鉄所のリストラを進める上では、中長期的な経営の行く末を見据えた改革が必要でした。そのためには、単に生産性が低くて不採算の設備を休止するのではなく「将来を見据えると、どの設備を残すべきか」「生産性を高めるためには何が必要か」といった観点から見極めなければなりません。そのためにも、技術を熟知した人物が必要でした。

 そこで選ばれたのが今井氏です。同氏は技術者として王道のキャリアを歩んできており、名古屋や君津といった主要な製鉄所で要職に就いていました。そこで生産性の向上に貢献してきた実績を評価されたのでしょう。

 また、今井氏は歯に衣着せぬ物言いをすることで知られており、「詰将棋」のあだ名を持つくらい理詰めで対話をする人物です。会議の場では、自分が現場で見聞きした内容と違う話が出てくると、次々と疑問を投げかけるといいます。

 製鉄所での現場経験が長いからこそ、リストラ対象になった製鉄所も反論が難しい。同氏は10〜20年後に実現すべき脱炭素経営や、高級鋼に適した設備への入れ替えなど、高炉休止の理由を合理的に説明しながら、現場を納得させていったそうです。

――製鉄所の現場をよく知り生産技術のリーダーを経験していたからこそ、実効性のある構造改革プランを形にできたのですね。

上阪 そうですね。現場経験のない財務や経営企画の担当者が出したプランでは、現場もなかなか納得してくれないでしょう。しかし、長く製鉄所の現場に立ってきた今井氏が改革プランを作り上げたからこそ、現場の人たちも「今井さんが言うなら受け入れざるを得ない」と協力姿勢を示したのだと思います。

*1. 粗鋼とは、転炉や電気炉などで精錬された後、圧延や鍛造といった加工を施す前の鋼のこと。

【後編に続く】なぜ生産量25%減でも儲かるのか?日本製鉄が需要減でも利益を確保する仕組み

■【前編】日鉄再建の号砲、製鉄所を訪れた社長が危機感なき現場に放った「辛辣な一言」(今回)
■【後編】なぜ生産量25%減でも儲かるのか?日本製鉄が需要減でも利益を確保する仕組み

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(三上 佳大)