足枷をつけられたまま無表情に椅子に腰をかける頬のこけた男――。4月12日(現地時間)に、ロサンゼルス連邦地方裁判所で描かれた法廷画には、MLBのスーパースターの腹心から銀行詐欺の罪で訴追されるまでに身を落とした、水原一平容疑者の物悲しい姿が捉えられていた。

 その前日には、IRS(内国歳入庁)の特別捜査官を申立人とする水原容疑者の刑事告訴状が公開され、その内容にも衝撃が走った。

 水原容疑者が賭博中毒の泥沼に入り込んでいることが伺える、違法ギャンブル業者との生々しいやりとりや、2021年11月から2024年1月までの2年あまりにわたり、大谷の口座から総額1600万ドル(約24億円)に及ぶ預金を横領した悪質な手口が詳細に記されていたからだ。

 一方で、賭博への加担疑惑も取り沙汰されていた大谷が「単なる被害者」だったことが証明される結果にもつながった。

巨額横領事件に残された「謎」

 しかし、これにて一件落着というにはまだ早そうだ。水原容疑者が起こした巨額横領事件には、今なお燻り続ける謎があるからだ。

「果たして2年超で総額1600万ドルもの資金が消えていることに、大谷サイドは誰も気づかないものなのか――?」

 刑事告訴状の内容が報じられると、アメリカのネット掲示板やSNS上ではそんな疑問が次々に投げかけられた。

 もちろん水原容疑者が大谷の口座から横領した手口は巧妙かつ狡猾だったのは事実だ。

 刑事告訴状によると、大谷名義の銀行口座のひとつ、「x5848」の連絡先として自身の電話番号やメールアドレスを登録。さらに、違法ギャンブル業者への送金を依頼するため、大谷になりすまして銀行の担当者に電話をしていたことも明らかにされている。

 また、ドジャースで大谷の同僚でもあるタイラー・グラスノーがウェブメディアのインタビューに対して「アスリートのほとんどは自分の口座をいちいちチェックしたりしない。信頼できる人間たちに全部任せている」と述べたように、大谷本人が気づかないこと自体は十分、あり得ることだろう。

 一方で、大谷にはその多額の収入や資産を管理する資産管理チームが編成されていたことも刑事告訴状に記されている。主要メンバーは、会計簿記係、金融アドバイザーB.L、納税や申告を行う会計士の3人だ。

 このうちK.Fというイニシャルで登場する会計士は、水原容疑者が手を付けていたx5848口座について、2022年10月に「口座の資金に利息が生じたり、贈与が行われたりしている場合には誤った税務申告をしてしまう可能性がある」と懸念を表明し、水原容疑者と会合を持って取引履歴を開示するよう求めている。

 これに水原容疑者は「大谷翔平はA銀行の口座をだれにも知られないようにしたがっている」「利息も贈与もない」と開示を拒否している。この会合には当初、大谷自身も出席する予定だったが「体調不良により参加できない」と水原容疑者が伝えていたという。

 さらにK.F氏は、「大谷選手と会ったのは過去一回だけで、それ以外は(代理人のネズ・)バレロ氏か水原容疑者を介して指示を受けていた」とも証言している。

なぜ会計士は水原容疑者の言葉で引き下がったのか?

 会計士という立場にありながら、本人への確認も行わず水原容疑者の一言だけで引き下がるのは、不自然にも思える。地元紙LAタイムズに至っては、こうした資産管理チームを編成させたとみられるバレロについて「解任されるべき」とまで厳しく糾弾している。

 ニューヨークに拠点を構える日系会計事務所、ユニヴィス・アメリカのマネージング・パートナーの小林賢介氏はこう実情を明かす。

「おそらく会計士が受任した当初の段階から、『大谷選手に関するやり取りは全て水原氏が代理で行なう』という話になっていたと推察されます。つまり会計士としては水原氏=大谷選手と捉えていたわけです。契約内容が明らかでない以上、断言はできませんが、会計士の業務が個人の税務申告に限定されていたと仮定すると、会計士は監査人と異なり依頼人に雇われている側ですので、依頼人に『これ以上、所得はない』と言われれば、それに従って申告をするのみの対応をとっていたと考えられます。口座へのアクセス権も与えられていない状況だったとすれば、会計士に責任の一端を求めるのは酷だと思います」

 ただ、K.F氏は大谷にとって単に個人の収入の会計と税務申告を代行するだけの存在ではなかった。

 2022年10月、カリフォルニア州で「2WP.INC」なる会社が設立されている。

 その登記情報には、CEO、CFO、秘書の欄にそれぞれ「Shohei Otani」の名が記載されている。そこに「登録代理人」として名を連ねているのが、K.F氏だ。

 カリフォルニア州在住のビジネスコンサルタントが解説する。

「カリフォルニア州では会社登記の際に、『登録代理人』を選定する必要があります。税務や法務関連の通知や書類を受け取る連絡窓口とされていますが、実質的に会社の身元保証人のような存在でもある。代理人代行サービスに依頼するか、顧問となる弁護士や会計士が務めることもあります」

 つまりK.F氏は大谷個人だけではなく、大谷が代表を務める法人とも密接な関係があることになる。

担当会計士は「地元では大物税務コンサルとして有名」

 また前出のコンサルタントはK.F氏について、「地元では大物税務コンサルタントとして名を馳せている人物」とも明かす。

 K.F氏の事務所のホームページには、「25年以上にわたり、富裕層個人および非上場企業に税務コンサルティングおよびコンプライアンス・サービスを提供」「エンターテインメント・プロフェッショナル、プロ・アスリート、および関連事業体に対する豊富なサービス経験を有している」などと書かれており、いわゆる“セレブリティ”を顧客として抱えていたことが窺える。

「K.F氏は会計士業務にとどまらず、大谷の税務コンサルタントを務めているという噂は以前から耳にしていました。会社設立も、彼からの節税アドバイスによるものではないでしょうか。しかし刑事告訴状に書かれている内容は、そんな敏腕税務コンサルタントのイメージからあまりにも程遠い。

 法的な責任問題はともかくとして、単純にその手腕には疑問符が残ります。大谷選手の収入がいかに莫大であっても、そのうち1600万ドルもの大金が消えていることに気づかないなど、あまりにも杜撰すぎるからです」(前出・コンサルタント)

水原容疑者が盗んだ額は「年間所得に相当」

 移籍に際し、ドジャースと7億ドルの巨額契約を交わして話題となった大谷だが、そのほとんどは2034年以降に受け取ることになっている。『MLB.com』や『フォーブス』の報道を総合すると、大谷の2021年から2023年までに得た収入(選手としての年俸+広告出演料など)は、およそ1億ドルと見積もられる。

「カリフォルニア州の高額な所得税や、代理人やマネジメント会社、弁護士や税務スタッフへの支払いを差し引くと、手元に残るのは4000万ドル〜5000万ドルの間だったと試算されます。つまり水原容疑者が大谷選手の口座から盗んだ1600万ドルは、この3年間の平均年間所得に相当するほどの額なのです。x5848口座には少なくともそれだけの金額が入金されていたことになる。

 告訴状によるとK.F氏はx5848以外の口座の取引履歴は全て把握していたとされているので、x5848口座にどれだけ多額の金額が入金されていたかは、球団サイドから送られてくる源泉徴収票などを確認すればわかるはず。もし水原容疑者の言うように利息や贈与がなかったとしても、口座の資金で不動産を購入していた場合などは節税につなげるアドバイスもする必要がある。仮に大谷選手本人の意思だとしても、それだけの規模の口座を自らの管轄から外すというのは税務コンサルタントとしては職務放棄に近い」(同前)

 かつては同じアメリカスポーツ界でも、NBAのスター選手だったケビン・ガーネットが「総額7700万ドル(約115億円)の資産を使い込んだ資産管理人を野放しにしていた」として、資産管理チームの別の会計士を訴えたケースもあった。

 最近の大谷の成績を見るに、“水原ショック”からはすでに抜け出したように見えるが、だからこそ「チーム大谷」の今後についても再検証が必要なのかもしれない。

文=奥窪優木

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