投げっぷりで、話しぶりで、将来に期待をせずにいられない原石が日本ハムのファーム・鎌ケ谷にいる。

 それが昨秋に育成契約を結んだ台湾人右腕・孫(スン)易磊(イーレイ)だ。

 2005年2月10日生まれと、まだ19歳になったばかりだが、タダモノではないオーラをあらゆる場面で放っている。

 強風を切り裂くようなストレートで、同郷の英雄を全球ストレートで押し切った。

プロ初登板で同郷の先輩打者を圧倒

 プロ初登板となった4月19日のイースタン・リーグのオイシックス戦。今季から新規加盟した同球団の1番打者は、日本球界で長く活躍した陽岱鋼だった。

「せっかくのチャンスなので、打たれてもいいから全力で全球を一番自信のあるストレートで勝負しました」と、自慢の球で真っ向勝負。初球から152キロのストレートでバットをへし折ると、5球目にも152キロのストレートで陽のバットからは鈍い音が響き、ボテボテのファーストゴロに抑えた。

 2番打者以降はチェンジアップやフォークも織り交ぜ、2番・篠田大聖は151キロのストレートで空振り三振、3番・髙山俊は最終的には四球となったが、阪神で330安打を放っている相手に対してチェンジアップで空振りを奪った。そして4番・小池智也には144キロのストレートをアウトコースのストライクゾーンすれすれのところに投げ抜き、ショートゴロ。1回1四球無安打という上々のデビューを果たした。

 稲葉篤紀二軍監督も「ゾーンの中にしっかり投げられていますし、ストレートの球速もしっかり出ていました。少しシュート回転は気になりましたが、初めての登板としては素晴らしかったと思います」と称えた。昨年まではGMを務めていたこともあり、アマチュア時代も視察している同監督は「抜けてしまった後の球をしっかりと(ストライクゾーンに)入れられる」と、高いポテンシャルの一つに修正力を挙げる。

 筆者も昨年2度の国際大会で孫の投球を見ているが同じ印象で「崩れない」強さがある。

 1度目は9月のU-18W杯決勝戦。地元開催ということで熱狂的な応援に後押しされて先発のマウンドに上がった孫は、初回から四球、犠打、安打、盗塁と馬淵史郎監督率いる日本の高校野球を凝縮した攻めに1死二、三塁とピンチを招く。

 しかし、孫は表情一つ変えずに、武田陸玖(現DeNA)を空振り三振、丸田湊斗(現慶応義塾大)をファーストゴロに抑え無失点で切り抜けた。4回には、ビデオ判定で丸田のセーフティーバントが一転セーフになってピンチが広がると、次打者・髙中一樹(現東洋大)のスクイズと味方野手の悪送球で逆転を喫した。

 この気持ちが落ちても仕方ない場面でも、孫は後続の打者2人を冷静に抑えて、失点を最小限に留めた。試合にこそ敗れたが、4回3分の1を投げ、打たれた安打は丸田のセーフティーバントを含む2本のみ。芯を捉えられた打球はほとんど無かった。

 2度目は12月のアジア選手権。この際は台北ドームのこけら落としとなる大会で優勝を目指すための台湾フル代表に招集され、スーパーラウンド初戦で社会人野球の精鋭が集う日本と対戦。

 両者無得点で迎えた7回からマウンドに上がり自己最速となる157キロを連発。3安打や自身の牽制悪送球などはあったが、要所でストレートや縦に落ちる変化球を決め2イニングを無失点で凌ぎ、台湾初のドーム球場を大歓声で揺らした。

首脳陣もじっくり育成の「台湾の至宝」

 今年に入ってからは、ドラフト指名された新人選手たちと同じ1月7日に入寮すると、9日の新人合同自主トレ初日の取材では「楽しいです。寮も綺麗ですごく気に入っています」と笑顔を見せた。

「台湾の至宝」とも呼ばれている逸材は、じっくり育成されている。新庄剛志監督も新人合同自主トレ初日に、孫について問われると「大事に」という言葉を繰り返した。

「彼はメジャーリーグを目指している投手なので、じっくり様子を見ながら体づくりですね。本当に良い投手になると思うので大事に大事に。大事にしすぎてもダメだと思うので“レベルを上げなさい”という時は言いますけどね」

 指揮官のこの言葉と同じく、孫自身にも焦りは一切無い。初登板後にここまでの取り組みを問われると「この試合に向けての調整ではなく、(いずれ)1年間ローテーションを守っていけるような準備をしてきました」と、目先ではなく将来を見据えての準備を進めていることを明かした。

 稲葉二軍監督も今後の起用方針について「しっかり中を空けて、明日(登板翌日)の状態も見ながら、少しずつですね。まずは、イニングと球数を増やしていけたらなという感じです」と展望した。

 日本の生活や文化への順応や聡明さも取材では随所に感じる。

 日本食では中トロや海鮮丼が好きで、日本語も徐々に習得しており現在は自動詞や他動詞を勉強中だという。また、幼い頃から海外志向を持っており、憧れてきた人物も印象的だった。

「サッカーのクリスティアーノ・ロナウドやバスケットのカール・アンソニー・マローンに憧れてきました。(マローンは)マイケル・ジョーダンを倒すために、自分のやるべきことに集中している姿を知り“強い人とはこういう人だ”と憧れました。(海外志向は)小学生の時から既にありましたが、実現できるか分からず、口に出すことはできませんでした。でも、中学生の頃からは確信を持って思えるようになり、高校生の時にはインタビューで口にするようになりました」

 高校時代の学業成績はクラスで3位以内だったとも明かしてくれた。話しぶりには、19歳という年齢と童顔には不釣り合いな頼もしさが漂う。稲葉二軍監督が評価していた修正力については「自分がどう今の球を投げたかという絵を頭の中で描いて理解できているので、修正すべきことがどこかはすぐに分かって合わせられます」と自信を見せる。

メジャーが目標も…「目の前のことに集中」

 日本の打者の特徴は「すごく粘るので、日本で投げるには勝負球が大事になってくると思います。高校の先輩であるチェン・グァンユウさん(元DeNA、ロッテ/現台湾楽天)にもアドバイスをいただいたので生かしていきたいです」と淀みなく語った。

 将来像には当然、メジャーリーグでの活躍を見据えているだろうが「目の前のことに集中していきたい」と殊勝に語った後、「まずは日本語のマスターですね」と明るく笑った。

 あらゆる場面で「失敗しない」姿が容易に想像できる逸材だ。一方、成功像は良い意味で未知数だ。同郷の先輩であるチェン・ウェインや日本ハムの先輩・大谷翔平のようにNPBを経由しMLBで活躍することも夢ではない。その天井知らずの成長を、これからも見届けていきたい。

文=高木遊

photograph by Yu Takagi