2011年3月13日。宮城県気仙沼市は、2日前に襲った東日本大震災の津波と大規模な火災で、がれきに覆われた「黒い街」になっていた。水産加工会社「斉吉商店」の専務、斉藤和枝さんは当時49歳。店舗と工場、自宅を津波で失った。港に停泊していた船も焼け、無残な姿をさらしている。「暮らしも産業も壊滅した」。暗たんとした思いでいた時、港の光景に目を奪われた。
 「なんて真っ白できれいなんだろう」
 がれきが漂う気仙沼港に、沖合から一隻の船が入って来る。船体の美しさに見とれた時の気持ちは今も忘れられない。
 「気仙沼には海がある。船がある。気仙沼はここから再出発するんだ」
 あれから10年以上がたち、街はすっかり様変わりした。漁港は整備され、盛り土でかさ上げされた街には新しい建物が並ぶ。ただ、人口減少には歯止めがかからない。基幹産業の漁業は高齢化が激しく「このままでは消滅してしまう」。
 危機感を抱いた斉藤さんは、思わぬ所から活路を見いだそうとしている。それが「ジェンダー」だった。(共同通信社会部ジェンダー取材班)

 ▽「20代のUターン率は女性の方が低い」
 震災後、斉藤さんは必死に働いた。
 大正時代から続く斉吉商店の長女として育ち、婿入りして後を継いだ夫と家業を支えてきた。「こんなに豊かな海が目の前にある。生かさないと」。震災の数カ月後に操業再開した地元漁師らの姿にも背中を押され、工場を再建。看板商品のさんま料理など「気仙沼の味」を守ってきた。
 震災前から続いている、地元の女性らでつくる「気仙沼つばき会」でも活動。漁に出る船を岸壁から見送る「出船送り」行事や、漁師らの写真を掲載したカレンダー発行など「自分たちがわくわくし、海の街・気仙沼も元気にする」をモットーに動いてきた。
 ただ、気仙沼市の人口減少や高齢化は止まらない。街が消滅するかもしれないという危機感が、年々強まっている。
 そんな中、斉藤さんは、つばき会の会員の1人を通じてジェンダーの専門家と出会う。そしてこんな話を聞いた。
 「進学や就職で市外に出た20代のUターン率が、男性より女性の方が低いのではないか」
 街に若い女性が戻ってこない。それに、考えてみれば気仙沼市の女性市議はたった1人。これまで当たり前だと思っていたことに、初めて疑問を抱いた。
 思い起こせば、この街の中心産業である漁業や水産業は、力仕事が多いため男性が中心だ。
 「気仙沼の男の人たちはきつい仕事は自分たちで引き受け、すごく女性を大切にしてくれる。でも、気仙沼の漁業や水産業を自分たちの力で生き生きさせたいという気持ちは、女性たちだって同じだ」。そう改めて感じた。
 気仙沼つばき会のメンバーと協議を重ねた。出た結論は「男女両方が活躍できなければ元気な街にはなれない」。つばき会は2023年からジェンダーの問題に取り組み始め、地域一体となってジェンダー格差是正に取り組む兵庫県豊岡市も視察した。

 ▽「女性が漁業に強い興味を持っている」
 2024年2月。気仙沼港を望む集会施設で、ジェンダーやデジタルの視点を切り口にした「みらいワークショップ」が2日間にわたり開かれた。仕掛け人はもちろん、つばき会。参加者は市議や商工会議所メンバー、地元企業の幹部など、気仙沼を牽引する中心メンバー。地元の高校生らも加わり、参加者は2日間で計80人ほどに上った。
 初日、斉藤さんはこう挨拶した。
 「街をどうしたらいいか、自分はどうなりたいのか、真剣に話し合いましょう」
 少子高齢化がピークを迎える2040年を見据えた町づくりについて、思い思いの意見が飛び交った。
 ワークショップの1日目は、若者らが議論。「性別にかかわらず、誰もが可能性を開花させて生き方を選べるように」という講師の話を聞き、出た意見の一つが、漁業で「女性もリーダーになること」だ。
 父が漁師の佐藤瑞記さん(20)はこう話した。
 「女性の力でも漁がしやすいシステムがつくられたら、気仙沼の幅が広がるのでは」
 2日目は、前日の議論で出た意見を元に、大人たちのワークショップを開催し、街の未来像を描いた。
 「水産テック(技術)の学校をつくる」
 「ロボットアームで養殖場のカキを誰でも引き上げられるようにする」
 女性を含め、新規参入の若者や移住者といったさまざまな人が関われることを狙いにしたアイデアが、次々に上がった。
 菅原茂市長も参加し、気付きを得た。
 「女性が漁業に強い興味を持っているというのは一つの発見だった。男性の漁業関係者にも励みになるはずだ」
 ワークショップを終えた斉藤さんは「若い人たちが描くような未来を後押ししなければと、強く感じた。この2日間が『新しい気仙沼のスタートの日だった』と、将来思えるように」と語る。
 「男だから、女だからというのは、おんちゃん、おばちゃんの固定観念だよね。男のリーダーも女のリーダーもいる―そんな海の街を、若い子たちと一緒につくっていきたい」

 ▽「漁業に必要なのは多様な視点」
 漁業が抱える課題の一つが、女性の少なさと言える。農林水産省が沿海地区の漁協を対象にした調査では、全国の漁協役員に占める女性の割合は2021年度でわずか約0・5%。全国848漁協の役員計8346人のうち、女性は21県に計41人で、19都道府県には1人もいないという結果になった。
 都道府県別で見てみると、女性役員が最も多いのは広島と熊本の5人。続く福井、徳島、鹿児島が4人、岩手など3県が2人―などだった。熊本県は県の男女共同参画計画に基づき、県内の漁協に対し女性リーダーの育成や積極的な女性登用を働きかけているという。地形が入り組む広島県では漁協の数が多く、役員総数が多いという事情はあるが、アサリを専門とする浜毛保漁協(廿日市市)では役員6人のうち2人が女性だ。
 福井県の雄島漁協(坂井市)は組合員の約半数が海女で役員10人中4人が女性。全5地区のうち4地区から女性を1人ずつ選んでいるという。徳島県で女性役員がいたのは比較的小規模な漁協で、正組合員の女性の割合も2割以上だった。鹿児島県では、水産会社の女性役員が監事に就いている漁協があった。

 漁業とジェンダーに詳しい東海大の李銀姫准教授は、女性が少ない理由について、重労働であることに加え「海の神様は女性で、女性が船に乗ると神様が嫉妬する」という言い伝えが各地にあるといった文化的背景を説明している。船や漁協に女性用トイレがない、女性に適した漁具の開発がないなど、環境が整っていないところもあるという。
 ただ、高齢化や過疎化は深刻だ。李准教授が指摘するのは、漁業に多用な視点が入ることの重要性だ。
 「漁村の景観や食文化などの資源も活用して新たななりわい『海業(うみぎょう)』をつくり、地域を活性化させる必要がある。そのためにも多様な視点は重要で、女性や若い人たちが入りやすくすることは、漁業の持続性につながる」

 ▽インタビュー「女性を起用できないのは大きな損失」
 「世界で最もジェンダー平等な国」と言われるアイスランドは、日本と同じく海に囲まれ、漁業が盛んだ。女性たちも活躍しているという。同国の元女性漁業協会会長で、現在は水産会社アイスランディックジャパンのマーケティング部長のアグネス・グヅムンツドッティルさん(33)に、最後に話を聞いた。
   ×   ×
 男性が漁に出て、女性が水産加工や仕分けなど陸での仕事を担うのは、アイスランドでも変わらない。一方、時代とともにロボット活用などの技術がめざましく進化し、持続可能な漁業に向けた資源管理の重要性も増しています。海に出なくても、女性が陸の上で漁業のためにできることはたくさんある。技術開発やマーケティング、資源管理などさまざまな分野で女性が働ける態勢を整えることが大切です。
 アイスランディックは祖父が創業した会社で、私は漁業が身近にある環境で育ちました。幼い頃は水産加工場の中を遊び場にしていた。パリとニューヨークでデザインやマネジメントを学んだ後、会社に入りました。
 私たちの国でも企業トップや管理職にはまだ男性が多い。女性たちの活躍を後押しするため、約10年前、漁業に関わりのある人たちによる「女性漁業協会」が立ち上がりました。今は300人を超える会員がおり、ネットワークづくりや知識共有を進めています。会長だった2017年と2021年に報告書を出した2回の調査では、企業の女性トップが16%から24%までアップしました。
 政府がジェンダー平等への取り組みを進め、多くの分野に女性リーダーのロールモデルがいることが、こうした成果の背景にあります。地方の自治体は地元を出た若者がUターンしてくれるよう、保育所や学校の整備に力を入れ、子育て環境を充実させているので、最近は漁村出身の女性が大学卒業後、古里に戻り水産業界で働くケースも増えています。
 アイスランディック日本法人で働くため昨年、夫と2人の娘と共に日本に赴任しました。いくつかの水産加工場を視察したが、日本の管理職はほとんどが高齢の男性で、女性は私だけという場面も多い。人口の半数である女性を起用できないのは、大きな損失です。
 これまでの手法にとらわれず、女性や若者ら多様な価値観が混ざり合う大切さ、新たな技術によるイノベーション(技術革新)が生み出す躍進の可能性に目を向けてほしい。働きやすい職場づくりや、新しい力の登用に向けた政府の支援も必要不可欠です。
 (取材・執筆は兼次亜衣子、浜津貴之、金子美保が担当しました)

※漁業も含め、各都道府県の男女格差を測った「ジェンダー・ギャップ指数」
が分かるサイト【2024年版都道府県版ジェンダー・ギャップ指数】