11月の米大統領選でトランプ前大統領が共和党候補になることが確実となった。支持層には「熱狂的で陰謀論を妄信している」とのイメージがつきまとう。だが、米国には本当にそういう人たちがあふれているのか―。実態を探ろうと、過去の大統領選でほとんどの住民がトランプ氏に投票したことから「トランプ郡」と呼ばれる南部テキサス州ロバーツ郡を訪れた。住民が口にしたのは、「既得権益層」と見なす首都ワシントンやニューヨークへの強い嫌悪と怒りだ。それは自民党派閥裏金事件で揺れる日本の有権者にも似た思いだった。(年齢は取材当時、共同通信ニューヨーク支局 稲葉俊之)

 ▽見渡す限りの牧草地

 テキサス州北部、オクラホマ州とニューメキシコ州の間に突き出る「パンハンドル(フライパンの取っ手)地域」にロバーツ郡はある。神奈川県ほどの面積に見渡す限りの牧草地。遠目に牛の群れが見え、放牧のスケールの大きさに驚く。毎年6月には牛を呼び寄せる叫び声を競う全米コンテストが開かれる畜産地区だ。

 人口は約800人。もともと共和党の地盤の一つであるテキサス州の中でもトランプ氏への支持が圧倒的で、大統領選本選での得票率は2016年は約95%、2020年は約96%という驚くべき高さだった。現地で取材した今年3月の共和党予備選でも、トランプ氏が約9割の票を獲得した。
 郡庁所在地マイアマ市の交差点には小さなスーパーとガソリンスタンド、銀行があり、周辺で他に目立つ建物は教会と郡の役所ぐらいだ。「カフェ」という大きな看板を掲げた飲食店はつぶれていた。気軽に住民に話しかける場所がなく、交差点近くの建物内に設けられた予備選の投票所で有権者を待つことにした。

 ▽「政治屋」への不信

 投票開始の午前8時はまだ薄暗く、気温は零度近くまで下がっていた。100フィート(約30メートル)以内は取材が禁止されているので、離れて立っていると、投票所を出た無職レスリー・イシュマエルさん(61)が近寄ってきた。「車がないなら、どこかまで乗せようか」
 白人ばかりで他に記者の姿もなく、かなり場違いだったはずの日本人に気軽に声をかけてくれた。中南米からの移民がメキシコとの国境に殺到する中、厳格な国境管理を求める人が多い地域だ。外国人に冷淡なのではないかと心配していたが、住民はみな丁寧に対応してくれ、取材を断る場合も申し訳なさそうで人情味を感じた。

 トランプ氏の魅力を尋ねると、「政治家ではないからだよ」。大統領を1期務めた後も政界に染まっていない点だとイシュマエルさんらは口をそろえた。対照的に、連邦議会議員らについては「できるだけ長く議員を務め、自分の利益しか考えない政治屋ばかりで不誠実だ」と語気を強める住民もいた。
 牧場を営むブラッドリー・ヘールさん(43)は「ワシントンの政治が国を危機に陥れている」と嘆息する。物価高を日々体感しており、国民生活の改善に直結しない政府支出の抑制と減税を求める。トランプ氏の自己主張の強さは懸念材料だとしつつも「他の政治家よりも単刀直入で、保守派の政策を推進してくれる」と評価した。

 ▽理想は日本?

 住民が毛嫌いするのはワシントンだけではない。イシュマエルさんはニューヨーク市発行の私の記者証を目にすると「あら、ニューヨークから来たの。嫌だわ」と言って立ち去ってしまった。自分の電話番号を知らせようと、ヘールさんの携帯電話に連絡すると「ニューヨークの番号かよ…」と顔をしかめられた。
 自分たちの目の届かないところで税金が浪費され、ワシントンやニューヨークの既得権益層が私腹を肥やしている―。ロバーツ郡の住民に共通するのは、日本人も共感できそうな強烈な政治不信や現状への不満だ。それが「異端者」を売り物にするトランプ氏への期待につながっている。

 ヘールさんは共和党が比重を置く「小さな政府」を求める。トランプ氏を熱狂的に支持し、スローガン「米国を再び偉大に」の頭文字から取った「MAGA」と呼ばれる人々とは違って見えた。「合法的な移民は歓迎するが、膨大な数が不法に入ってくれば深刻な問題になる」とも話し、根っからの移民嫌いというわけではなさそうだった。
 妙に心に残ったのは、ある女性住民の言葉だ。移民の流入や都市部での犯罪を懸念し「日本のように秩序があって安全な国にしてほしい」と訴えていた。日本人の価値観はリベラルな米国人よりも、保守的なトランプ氏支持者と共鳴するのかもしれないと戸惑った。

 ▽刑事被告人なのに

 ただ違和感は残る。トランプ氏がもともとニューヨークでの不動産業で成功を収めたことを考えれば既得権益層の一部であるはずだが、男性住民には「ビジネスで稼いでいるから他の政治家のように金で左右されない」と映る。
 トランプ氏が四つの刑事事件で被告人となっている点も支持に影響はないようだ。うち一つは2021年の連邦議会襲撃に関わる事件だ。前年の大統領選で敗北した結果を覆そうと「死ぬ気で戦わなければ国を失う」と支持者らをあおり、議事堂に突入させたとして起訴された。

 元小学校教諭ダイアナ・ロックさん(71)は、いずれの事件もバイデン民主党政権による政治的迫害だと受け止めている。トランプ氏の主張に沿った考え方だ。ロックさんは法律の専門家である郡判事の息子を持つが、司法制度よりもトランプ氏への信頼が上回っているようだった。
 議会襲撃を巡っても「トランプ氏の支持者への演説を精査したけれど、扇動しているようには思えない」と断言する。既得権益層に立ち向かうトランプ氏への支持は揺るがないと語気を強めた。「彼は他の人と違い、私たちのために闘ってくれるの」