広島市中心部から約20キロ離れた里山に、マツダスタジアム7個分ほどの広さの牧場がある。屋号は「サゴタニ牧農」。久保宏輔さん(40)は、その3代目だ。

 現在、牛舎に約120頭がいる。その数を減らしながら、2040年までにすべて放牧に切り替えようとしている。牧草地1ヘクタールあたり2.3頭が限界とされ、実現のハードルは高い。

 それでも挑戦するのは、生命の循環を可視化したい、との思いがあるからだ。放牧用の牧場では、土から草が生え、その草が牛に食べられて、牛の一部になる。牛のふんは堆肥(たいひ)となり土を豊かにし、再び草の養分になる。

 人もその循環と無縁ではない。牛から絞られた乳を飲めば、それは自分の体の一部となる。牧場の土が、ひいては自分の体をつくる。それを理屈ではなく、心から感じられる場をつくりたいという。「一杯の牛乳を飲んで、『今日も生きている』と思えたら」

 幼い頃から愛犬と戯れ、牛の出産を手伝った。当然のように「将来は酪農家になる」と決めていた。だが、小学生のころに動物アレルギーに。牛に近づくと身体に発疹が出て、鼻水が止まらず、息が苦しくなった。跡を継ぐ考えを捨て、大学を卒業後は東京でサラリーマン生活を送った。

 転機は16年。飼料価格の高騰などから家業の経営が苦しいと知った。「牛と人が共につくる景色を、失いたくないと思った」。退職して牧場経営に携わることにした。

 放牧は、すでに始まっている。いまは7頭。「放牧すると、牛乳の味がその土地の味になる」という。それは、牛がその土地で育った牧草をじかに体内に取り入れ、草が血液になり、体を循環して乳房に入り、乳になっていくから。30年には、放牧した牛からも乳を搾る計画だ。

「放牧された牛は、目の輝きが違う。人にとっても、人生を豊かにするには、自然との繋がりを絶たないことがきっと必要なんです」(興野優平)

 久保さんは「サゴタニ牧農」で乳製品の製造販売を担う砂谷株式会社の副社長。酪農を担うのは関連会社の久保アグリファーム。

 牧場は年間約10万人が訪れる。カフェがあり、ジェラートを味わえる。牛舎の牛とも触れあえるほか、自由に遊べる野原もある。広島市佐伯区湯来町白砂1207-2。午前11時〜午後5時。火曜定休。問い合わせは0829・86・0337。