◆ 今季初のスタメンで2シーズンぶりの1試合3安打をマーク

 レギュラーシーズンでスタメンコールされるのは、実に昨年の7月以来だった。

 28日のスワローズ戦に「6番・三塁」での出場を告げられたのも試合当日。それでも、タイガースの糸原健斗の心は、1ミリも揺らぐことはなかった。

「準備してるんで。いつも通り試合に入るだけでした」

 その言葉を裏付けるように、第1打席から快音を響かせた。

 スコアレスで迎えた2回無死一・二塁での好機。先発・小澤怜史の外角低めに落ちるフォークに「食らいついた」という打球は中堅手の前で弾んだ。先制点奪取。何より、背番号33が叩きだした1点に満員の甲子園はどっと沸いた。

 ファン、同僚、コーチ…みんなが糸原の献身、目の前の1打席に懸ける思いを知っている。第2打席も内角のボールを逆方向の左翼前に落とす芸術的なバットコントロールでマルチ安打を記録。第4打席も再び左前に運び、2シーズンぶりの1試合3安打をマークした。

「1打席しかないぐらいの気持ちで4打席立って、それが良い結果につながったと思いますね」


 岡田彰布監督は昨年、前年までレギュラー格だった糸原を左の代打の「切り札」としてベンチに置いた。

「代打」と簡単には言っても、実情は違った。

「その1打席で1日が終わる日だってあるし、出番が巡ってこない日だってある。準備をしっかりしておかないと結果は出ない」

 プレーボールの瞬間にグラウンドへ飛び出す先発メンバーと違って、準備の仕方も違う。当初は戸惑いながらも代打で無類の勝負強さを発揮してきた先輩の原口文仁も参考に新たな仕事へ順応。チーム18年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献した。


◆ 「絶対にチャンスは来る」

 ただ、糸原の中で「レギュラー」への思いは消えていない。いや、むしろ強くなっていた。

「1年間同じメンバーで戦えることは難しい。絶対にチャンスは来る」

 自身と同じようにベンチスタートの後輩選手にもそんな言葉をかけながら出番をずっと待っていた。


 開幕から三塁で起用され続ける佐藤輝明が極度の不振に陥るなかで、糸原は24日のベイスターズ戦から代打で3打席連続安打。

 指揮官も「最近の内容を見ていていつか(スタメンで)いこうかという感じだった」とタイミングをうかがってきた中での今季初スタメンだった。

 試合後、球場の熱気とは対照的に淡々と言葉をつないだ仕事人だったが、久々の三塁守備につき攻守のリズムを感じた1日について聞くと少しだけうなずいた。


「久しぶりに超満員の甲子園で守備について4打席立てたんで。それで良い結果も出て良かった」

 先発出場した充実感と、競争を欲する闘争心が垣間見えた瞬間だった。


文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)