神宮ファーストスイングでの劇的弾



1対1で迎えた12回裏一死走者なし。代打の1年生・渡辺憩がサヨナラ本塁打を放った[写真=矢野寿明]

【4月29日】東京六大学リーグ戦(神宮)
慶大2x-1法大
(延長12回、慶大2勝1敗)

 1勝1敗で勝ち点をかけた法大3回戦。慶大は一番・中堅の丸田湊斗(慶應義塾高)、七番・二塁の林純司(報徳学園高)と、2人の1年生が先発に名を連ねた。春のリーグ戦序盤であり、あまり例のない大抜てきである。

 なぜ、入学間もない新入生が神宮に立てるのか。その背景を慶大・堀井哲也監督は明かす。

「4年生には、3年間の積み重ねがある。それをフラットな目で見ても、超える力がある。すごい1年生ですよ」

 林は開幕カードの東大1回戦からベンチ入りし、法大1回戦で、代打で初出場。2回戦では代打で初安打初打点を挙げている。同3回戦が初先発だった。昨夏の甲子園優勝メンバーである丸田は、東大2回戦で初めてベンチ入りすると、代打で三塁内野安打。法大2回戦で初先発に起用され、10回表には武器である俊足を生かし、バント安打を放っている。

 法大2回戦では新たに捕手・渡辺憩、内野手・福井直睦と、慶應義塾高のVメンバー2人が新たにベンチ25人に登録された。

 迎えた3回戦は、1対1のまま延長へ入った。慶大は12回表の法大の攻撃を抑え、この日の負けはなくなった(連盟規定により延長12回で打ち切り)。12回裏、一死走者なし。代打に送られたのは、1年生・渡辺だった。

「打撃の状態が良かったので、突破口を開いてほしい、と。法政の投手陣に気迫で押されていたので、跳ね返す力を、若い力に託した」(堀井監督)

 3ボール1ストライクからの5球目。渡辺は真ん中高めのストレートをフルスイングすると、高く舞い上がった打球は左翼席へと吸い込まれていった。神宮ファーストスイングでの、劇的なサヨナラ本塁打である。

「打った瞬間に『オッ!』と。全力で走りました。何が起こったか、分からない。最高の気分です」。渡辺は興奮気味に話した。試合序盤はブルペンでボールを受け、中盤以降は代打に備え、ベンチでスタンバイしていた。


サヨナラ本塁打を放った1年生・渡辺憩[左]は、リーグ戦初勝利の木暮[右]とともに、笑顔を見せる[写真=矢野寿明]

 甲子園でも多くの取材を経験しているはずだがこの日、殊勲者として、大勢の報道陣に囲まれると、渡辺憩はこう発言した。

「ヒーローになったことがないので……。経験できたことは、光栄に思います」

 謙虚に語ったが、昨夏の甲子園での107年ぶり2度目の全国制覇は、不動の正捕手なくしてあり得なかった。まさしく、黒子に徹した影の立役者である。堀井監督は2月の練習合流時から「レギュラー争いができる」と太鼓判を押していた。堀井監督は続けた。

「能力が高い。捕手としてもデータに興味があると聞いています。どこかで、チャンスが来るのではと考えていました」

 慶大は勢いある1年生が、チームを活気づけている。4年生の雰囲気づくりの良さも、下級生が力を発揮しやすい土壌としてある。秋春連覇がかかる慶大だが、言うまでもなく、2023年とはまったく別のチームである。選手掌握に長ける堀井監督、リーダーシップ抜群の主将・本間颯太朗(4年・慶應義塾高)の下で一戦一戦、たくましさを増している。

文=岡本朋祐