レギュラー定着のチャンス



今季は4月30日現在、3本塁打を放っている宇草

 野球人生は何が起きるか分からない。背水の陣を迎えていた広島の宇草孔基が外野陣の序列をひっくり返し、レギュラー定着のチャンスを迎えている。

 大卒2年目の2021年に43試合出場で打率.291、4本塁打と強打者の片鱗を見せたが、翌22年は45試合出場で打率.205、1本塁打に終わり、昨年は故障も影響して入団以来初の一軍出場なし。ウエスタン・リーグでも6試合で打率.210、1本塁打、11打点とふるわなかった。昨オフは主力の西川龍馬がオリックスにFA移籍。外野の1枠が空く形となったが、秋山翔吾、野間峻祥、末包昇大に加えて田村俊介、久保修、中村貴浩、内外野できる二俣翔一と若手の成長株たちも定位置獲りを狙っていた。大卒5年目の宇草は春季キャンプで二軍スタートに。27歳という年齢を考えると、今年に結果を残さなければ戦力構想から外れる可能性が高くなる。崖っぷちだった。

 開幕も二軍スタートとなったが、4月9日に一軍昇格すると、少ないチャンスを生かして強烈なインパクトを残す。20日の巨人戦(マツダ広島)で、7回に代打で登場すると、ケラーの直球を捉えた打球は右翼席へ。22年6月22日の阪神戦(マツダ広島)でプロ入り初のサヨナラ本塁打を放って以来、2年ぶりのアーチだった。さらに、23日のヤクルト戦(神宮)。0対0の7回2死一塁で、吉村貢司郎の直球を強振すると打球は右翼席中段へ。この一発が決勝弾になった。この打撃はフロックではない。27日の中日戦(マツダ広島)でも、2回一死一塁で梅津晃大の直球を振り抜くと、右翼席最前列に飛び込む先制の3号2ラン。1週間で3本のアーチを放ち、打線の中心的な存在となっている。

直球に強いのが魅力


 185センチの長身で打球を遠くへ飛ばし、50メートルを5秒8で駆け抜ける。身体能力の高さは両親譲りだ。母・克己さんは元バスケットボール選手で、高校時代は主将でインターハイ優勝に輝き、実業団でプレーした。父の尊章さんも高校でバレーボール部に所属。野球に夢中になった宇草は常総学院高の3年春にセンバツ出場し、1試合5盗塁を記録した。U-18日本代表のメンバーにも選出。法大に進学後も50メートル走は5秒8と抜群の快足を誇り、大学日本代表に選出された。ドラフト2位で広島に入団し、1位で同期入団の森下暢仁と共にチームの未来を背負う逸材として期待が大きかった。

 入団以降は故障や打撃不振、外野の守備能力が課題に挙げられて順風満帆とはいかなかったが、決して遠回りではない。コツコツと努力を重ねて一軍の舞台で覚醒の時を迎えようとしている。スポーツ紙記者は「直球に強いのが大きな魅力。変化球への対応力も上がっています。球を遠くへ飛ばす能力は球団内でトップクラス。20本塁打クリアする力は十分にあります」と期待を込める。

背番号『38』を継承



現役時代に背番号『38』を着けていた赤松コーチ

 宇草は尊敬する赤松真人一軍外野守備・走塁コーチが現役時代に着けていた背番号『38』を継承している。赤松コーチの野球人生は波瀾万丈だ。ドラフト6位で阪神に入団したが一軍定着できず、FAの人的補償で08年に広島へ。この移籍劇が野球人生の大きな転機になる。移籍1年目にプロ初アーチから3打席連続弾を放つなど、125試合出場で打率.257、7本塁打、12盗塁をマーク。レギュラーをつかみ、同年から7年連続2ケタ盗塁と機動力野球に不可欠な存在だった。16年オフに胃ガンが発覚し、リハビリを経てグラウンドに戻ってきた姿が大きな反響を呼んだ。赤松コーチは週刊ベースボールのインタビューでこう語っていた。

「僕のことを皆が『すごいな』と言いますけど、そんなん、手術した人は全員やってますから。今、2人に1人がガンになる時代ですから、2人に1人はすごいことやってるわけです。そう思ったら、そんなにすごくないでしょ。病気になったら、当たり前のことなんです。その当たり前のことに、弱音を吐いているようじゃダメなんです。『私は病気だから』と、そっちに逃げていってしまう人もいますけど、そうじゃないんです。当たり前のこと。僕なんて、手術もできて、抗ガン剤治療もできて、野球にも復帰できた。もう、『(その程度で)よかったね』ぐらいです。弱音を吐いたら、もっと大変な人に失礼だと思います」

「僕は、プロ野球選手という立場で、その病気になった。だったら、病気を克服して、野球をやることによって、そういった方々に勇気を与える、そういう使命があると思うんです。だから、立ち向かっていかなきゃいけないし、逃げては絶対にいけない。そういう職業だと思うんです。そこで僕が頑張ることで、少しでも何かを思ってくれる人がいるのであれば、やる価値はあると思ってやってきました」

 背番号『38』を身にまとう宇草は野球ができる喜び、一軍でプレーする喜びをあらためて感じているだろう。まだシーズンは始まったばかり。5月以降もチームを勝利へ導く一打を積み重ねたい。

写真=BBM