目の前の一瞬に集中



武相高は準決勝で勝利し、40年ぶりの関東大会出場を決めた[写真=田中慎一郎]

【5月3日】
春季神奈川県大会準決勝(横浜スタジアム)
武相高6−5向上高

 1点リードの9回裏、武相高の守りである。二死二塁。プレッシャーのかかる場面で、武相高・豊田圭史監督は一呼吸を置いた。舞台は1万5000人を動員した横浜スタジアム。武相高ナインにとっては初めてのプレーの舞台であり、浮足立ってもおかしくなかった。

「状況を把握しないといけない。6対5。1点をリードしているわけですから、消極的になる必要はない。同点になってもいい、と」

 冷静に対処した。先発の左腕・八木隼俊(2年)を7回から救援した右腕・仲間球児朗(3年)が、向上高の主将・北野龍彦(3年)を空振り三振に仕留め、逃げ切った。40年ぶりの準決勝進出。豊田監督の的確な指示。高校生にとっては、勇気をもらう伝令だった。

「私は選手と毎日、グラウンドで一緒になって野球をやっているわけですから。(生徒と指導者のお互いの信頼)関係性を築いているつもりです。タイムのかけ方、サイン、声がけ。そこは(ピンチのシーン)彼らよりも経験していますし、監督の仕事だと思います」

 豊田監督は2020年6月末まで指導した富士大(岩手県花巻市)では、北東北大学リーグで最長記録となる10連覇を遂げた。母校再建の切り札として20年8月に監督就任。生徒とともに1日1日を大事に過ごし、ついに県上位へと勝ち上がってきた。


2対2の4回表に七番・金城が勝ち越しソロを左中間へ。この回、一気に計3得点でリードを広げた[写真=田中慎一郎]

 武相高は今春「ベスト8」を目標としてきた。11年ぶりにこの壁を突破すると、豊田監督は「違う景色を見よう!!」と上方修正。これまで通り、目の前の一戦に集中した。
 
 日大藤沢高との準々決勝を制して40年ぶりの4強進出。神奈川のメーン会場・横浜スタジアムに舞台を移した準決勝でも「私自身、ベンチで采配するのは初めて。やっぱり、これまでの球場とは雰囲気が違う。でも、選手たちは落ち着いていた」と、1万5000人の大観衆の中で普段通りのプレーを披露した。

 9回裏、一打同点のピンチも慌てなかった。日大藤沢高との準々決勝と同じ、6対5のスコア。合言葉である「今までやってきたことを信じて、我慢強く、武相の野球で勝つ」を実践し、心身ともタフな集団を印象づけた。

 40年ぶりの決勝進出で、40年ぶりの関東大会出場である。「関東大会と言われましても……。大学時代のスカウティングで見に行ったことしかありません。ここまでを見据えていなかったのが、正直なところです」。豊田監督は苦笑いを浮かべた。

 無欲で勝ち上がり、本物の実力がついてきた実感がある。向上高との準決勝で4回表に勝ち越しソロ(公式戦初本塁打。通算11号。新基準バットで4本目)を放った左翼手の金城楽依夢(3年)は沖縄県出身。「関東で野球がやりたかったんです。武相で甲子園を目指したい」と、豊田監督を慕って進学してきた。他のメンバーも、指揮官からの熱血指導を受けたいと入学してきた猛者たちである。

 武相高は過去に夏の甲子園に4回出場も、すべて1960年代で、68年を最後に遠ざかっている。「夏は優勝しに行きます!!」と豊田監督の言葉には力が入る。「古豪復活」への道を、一歩一歩進めている。

文=岡本朋祐