裁判をやり直すための手続きを定めた「再審法」の改正に向け、多くの関係者が今その動向を注視している。

再審法とは刑事訴訟法にある計19の条文のことで、まとめてそう呼ばれている。

えん罪を晴らすための重要な法律にもかかわらず具体的な手続き規定がなく、無実の市民を救済できないと長年批判されてきたが、70年以上一度も改正されないまま今日に至っている。

「今回の改正のチャンスは二度とない」と話す成城大学法学部の指宿信教授に、改正を阻んできた構造的な背景や今の法律の問題点を聞いた。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)

冤罪に注目が集まっている袴田事件の再審公判が大詰めを迎えていることから、指宿教授は「このタイミングを逃したら再審法を改正するチャンスは二度とない」と語る

●再審法の問題は「解釈のばらつきと適用のハードルの高さ」

ーー再審法の問題は?

条文の解釈にばらつきがあることと、実際の事件に当てはめる際のハードルが高すぎることです。

最高裁が1975年に出した「白鳥決定」では、再審を開始する基準として「新しく提出された証拠と他の全ての証拠を総合して判断し、確定判決の事実認定に合理的な疑いを生じさせれば足りる」などの条件が示されました。

これまで再審決定が出された事件の多くは白鳥決定の考えを適切に踏襲していますが、これ以上のハードルを課して再審請求を退けるケースが相次いでいます。

これは法律の条文の問題というより、裁判所の姿勢の問題です。白鳥決定を愚直に踏襲すれば再審開始決定がもっと多く出てもよいと思います。

法規定がないことも日本の裁判官に再審開始の決定を出すことを躊躇させています。裁判官には訴訟指揮権が認められていますが、再審については法規定がないことからこうした指揮権も活用されません。

また、捜査機関の証拠開示にも問題があります。警察や検察は証拠が自分たちのものだと考えています。裁判で都合の悪いものは出しません。被告人が本当に犯人だと思っているなら、全ての証拠を出してよいはずです。

再審について、検察や裁判所は真実を発見するというよりも有罪判決を維持するという無謬主義に陥っていると思います。

東京弁護士会が主催したシンポジウム「えん罪被害と再審法改正を考える」で話す指宿教授(2024年3月16日、東京都千代田区の弁護士会館で、弁護士ドットコムニュース撮影)

●誤判解消に多大なコスト 請求する人は氷山の一角

ーー再審を請求する側にどんな影響が出ているのか?

再審では新たな証拠が求められるなど、請求する人に多大なコスト、負担が求められます。日弁連(日本弁護士連合会)などのバックアップがないと突破できません。そうすると、捨て身の人しか再審を請求しなくなります。

すでに刑務所での服役を終えた人が再審を請求しようとしても、そもそも前科者として扱われやすく、請求しても名前を明かして公に出ないと注目されません。請求すること自体が社会的に不利益になってしまいます。

本当は何もやっていなかったとしても無実を訴え続けることは難しく、家族などの生活を考えて再審を諦める人はたくさんいると思います。現状では再審を請求している人は氷山の一角でしょう。

つまり、今の法律は実態に即していません。国家によって犯された誤判を解消するためのコストを日弁連などの民間に負わせています。再審請求の手続きや請求に至る支援がない現状は問題だと思います。

●「日本で法務省が望まない法律を定めることは非常に困難」

ーーなぜ再審法は改正されてこなかったのか?

日本における法律改正のメカニズムは、法務大臣が法務省の付属機関である法制審議会に諮問し、答申を受けたら内閣に改正案を提出する、というサイクルになっています。

しかし、法務省の管理職のほとんどは検事で占められています。袴田事件(静岡県で1966年に一家4人が殺害された事件)などを見れば明らかですが、検察は再審に抵抗します。

最近では、最高検の「検察運営全般に関する参与会」で「再審担当サポート室」という部署を設置したことが議題に上がっていました。再審法の改正をつぶそうとしているのだと思います。

つまり、この国で法務省が望まない法律を定めることは非常に困難なのです。そもそも再審に反対する検察と一体である法務省が再審法の改正に動く動機や意欲が出てくるはずがありません。

日本の再審制度について「実態に則していない」と指摘する指宿教授

●議連の発足に袴田事件の再審判決 「このチャンスは二度とない」

ーー今が再審法を改正するチャンスだという理由は?

今年3月、再審法改正を目指す超党派の国会議員による議員連盟が発足し、ようやく歴史の扉が開きかけています。

今年の夏ごろには、袴田事件で死刑が確定した袴田巌さんの再審公判で判決が出る予定です。

また、プレサンス事件(大阪市の不動産会社「プレサンスコーポレーション」元社長が業務上横領罪で起訴後に無罪が確定した事件)や、大川原化工機事件(横浜市の「大川原化工機」の社長らが外為法違反容疑で逮捕された後に起訴が取り消された事件)など、捜査機関の問題に関心が集まる出来事が続いています。

このようなチャンスは今後二度とないでしょう。あとは国民がどれほど改正の動きを支持できるかにかかっています。多くの国民はえん罪が自分の身に降りかからないと思っているかもしれませんが、すごく身近に起きることです。

●理想は再審請求を独立に扱う第三者機関の設置

ーーえん罪被害者を救うためにはどうすればよい?

すでに日弁連が提言していますが、少なくとも検察による不服申し立ての禁止と証拠開示は不可欠です。

また先ほども話したように、日本の今の仕組みは、国が間違っているかもしれない問題を民間にコストをかけさせて解消しようとしていて、この問題は再審法を改正しても変わりません。

海外ではイギリスやノルウェーなどに誤判の訴えに対する審理を独立して担当する第三者委員会があるので、日本でも将来的にはそうした独立した委員会が必要だと思います。

【取材協力】
指宿信(いぶすき・まこと)。成城大学法学部教授。専門は刑事訴訟法。 1989年北海道大学大学院博士課程退学、1991年法学博士。鹿児島大学と立命館大学を経て現職。成城大学が2017年に設立し、刑務所ではなく裁判手続きの中での立ち直りを目指す「治療的司法研究センター」のセンター長を発足当初から務めている。著書に「証拠開示と公正な裁判」(現代人文社)、「治療的司法の実践」(第一法規)など