栃木県鹿沼市長選(6月9日投開票)で、落選した候補者の陣営が配布したチラシが物議をかもしている。人気マンガ『スラムダンク』の映画ポスターに「酷似」しているというのだ。

このチラシは、自民・公明両党から推薦を受けて立候補した男性の陣営が配布した。男性のほか、自民党の茂木敏充幹事長など、赤いユニフォームを着た5人が並ぶ構図となっている。

素人目からすれば「似ている」という気はするが、はたして法律の観点からはどうだろうか。著作権法にくわしい舟橋和宏弁護士に聞いた。

●「翻案権」を侵害したといえるかどうか

今回は、著作権のうち「翻案権」が問題になると思われます。簡単にいえば、翻案権とは、著作物から「二次創作できる権利」で、著作者が持っています。この翻案権を侵害すれば「違法」ということになりますが、最高裁は「翻案」について次のように判断しています。

「既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為」で「表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、翻案には当たらない」(江差追分事件:最高裁平成13年6月28日判決)

この判示は、(1)依拠性と(2)創作性のある表現について同一性があり、元の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得できること――と整理できます。

なお、実際の裁判においては、共通する表現を比較して、共通部分に創作性が認められるかなどといった観点で検討されることになります。

●創作性がある表現について同一性が認められるか

今回の政策ビラを見ると、映画ポスターと共通すると言えるのは、人数やそれぞれのポーズ、ゼッケンのついたユニフォーム、そして構図となります。

たしかに構図を見ると、背景に文字を置き、人物を中心に置くというのは特徴的とも思えますが、こういった構図自体を独立して保護できるまでの創作性があるかというと、疑問が残ります。

また、バスケのユニフォームはそれを描こうと思えばおのずから形は限定されていきますし、これはゼッケンも同様です。人数もバスケということであれば、5人の人物を描くというのも特別とも考えにくいです。

そういった観点からすると、今回のビラについては、創作性がある表現について同一性が認められず、翻案権侵害にはならないという結論になるでしょう。

●有名作品に寄せた表現は「マイナス評価」にもなりうる

報道によると、この政策ビラは「他県でのポスターを参考にスタッフが作成した」とのことですが、人気の映画をモチーフに制作するということは、有権者の目を引くものとなり、政策を告知するビラの目的にも合致します。

そういったことを意図して、ポスターが制作されたものと推察されます。しかし、『鬼滅の刃』を連想させるポスターの作成で騒動になったケースが過去あったように、目立つことでマイナス評価になりえるのも実情です。

ネット上でも賛否あるところですが、私としては、今回の政策ビラは著作権侵害にはあたらないと考えます。イラストに限っても、過去の裁判例において著作権侵害を認めたものから、否定するものまでがさまざまであり、外形上「似ている感じ」というだけで、著作権侵害が認められるわけではありません。

一方で、著作権侵害でないとしても、有名作品に寄せた制作は、良くも悪くも、いろいろな意見が出るところです。選挙のような場面では特にそうでしょう。そのため、こういった表現をした場合、どういった批判が想定されるかも考えなければならないと思います。

【取材協力弁護士】
舟橋 和宏(ふなばし・かずひろ)弁護士
芸能・エンターテインメント案件を多く取り扱うレイ法律事務所に所属。同事務所においては、マンガ・アニメ・映像コンテンツ等の知的財産権(特に、著作権・商標権保護)を多く扱う。著書として「実務がわかるハンドブック 契約法務・トラブル対応の基本[国内契約書編](第一法規)」等。
事務所名:レイ法律事務所
事務所URL:http://rei-law.com/