「頭上運搬を追って」 [著]三砂ちづる

 本書を読み終えたら、もう、じっとしていられない。頭上運搬、やるしかないでしょ。
 まずは大きめのザルだ。そっと頭の上に載せてみる。このままゆっくり前に進むだけならば問題ない。では、ザルの中に物を入れたらどうなるか。野菜を目いっぱいに投入したら、難易度は一気に上昇。〝運搬〟を試みるも、小刻みに震えた足は蛇行を繰り返し、よろけた途端にザルは中身もろとも落下した。滑り止めにタオルを頭に被(かぶ)せてみたり、ボウルやステンレスのたらいでも試みたが、静止状態から〝運搬〟に移行したとたんにバランスが崩れる。
 重要なのは軸と意識だと本書は説く。頭に載せた物と体の軸を一致させ、動くたびにズレを感知しながら微調整を重ねていくのだという。
 そうした所作を身につけると、「センターの形成された美しさ」になる。東南アジアやアフリカで、その「美しさ」を目にしたことのある人もいるだろう。地球の中心からまっすぐに立ち上がったような姿勢で、水や食料を運ぶ女性の姿。数十キロもの重さの物品を載せることもある。
 疫学研究者でもある著者は、そこに魅せられた。先行文献をひもとくだけではない。頭上運搬の経験者への聞き取りを重ね、技法と歴史を追いかける。興味深いのは、日本各地でも、かつては頭上運搬が当たり前のように行われていたという事実だ。沖縄・糸満では、30キロもの魚を頭に載せた女性が「小走りで」行商に向かう姿が1960年ごろには確認することができた。伊豆諸島・神津島では80キロ近い荷物を運んだ女性もいた。
 人々の記憶を手繰り寄せながら、著者は頭上運搬に、運ぶ物に対する「敬意」があるのではないかと推察する。なるほど、天に近いものこそが尊いといった思想が、凜(りん)とした軸線と神々しさを生み出したのかもしれない。本書は「まっすぐ」生きた人々の記録でもある。
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みさご・ちづる 1958年生まれ。女性民俗文化研究所主宰。著書に『オニババ化する女たち』など。