吉田修一さん原作の同名小説を映画化した『湖の女たち』で、松本まりかさんとW主演を務めた福士蒼汰さん。福士さんが挑んだのは、100歳の老人が殺された事件を捜査する刑事役で、松本さん演じる捜査対象の介護施設職員と性的な関係を結ぶなど社会通念を逸脱した人物、という難役です。役者としての思いを聞きました。


──最初に原作と台本をお読みになったときに、どう思われましたか?

 簡単に言葉にできる作品ではないと感じました。この感覚は、抽象的な絵をどう表現するか、というようなことに似ているのかもしれません。

 はじめは、自分が演じる若手刑事・濱中圭介と介護士・豊田佳代のふたりの物語として読み、その後、薬害事件や731部隊の話を重ねながら読み進めたんです。色々な読み方で原作、台本を読むうちに、社会的な事件や要素が作品のなかから浮かび上がってきて、現在と過去が交錯するミステリーの部分を、抽象と具象が混ざり合っているようだと感じるようになりました。


福士蒼汰さん。

──人間関係やミステリー、社会的・歴史的要素という点と点が1本の線でつながっていく、読み応えのある作品ですよね。

 そうですね。池田という記者が追っている実際の事件、これは【具象】ですが、圭介と佳代の言葉にできない関係の正体は【抽象】。このふたつの本質は、実は同じなのではないかと考えるようになりました。

 言葉にするのは難しいですが、この作品で描かれている具象と抽象をそれぞれ重ね合わせていくと、同じものができあがる。そんな感覚が自分のなかでありました。

──今回福士さんが演じた濱中圭介も、ひと言で説明するのが難しいキャラクターですが、最初に読んだときはどんな印象でしたか? 難しそうな役だと思いましたか?

 これまでに演じたことのないキャラクターだったので、台本でも原作でも共感しにくい人物だと感じたのですが、実はそんなに違和感はありませんでした。圭介の人間的な部分を知れば知るほど、自然と受け入れることができたからだと思います。

 例えば、マンガやアニメ作品の実写化の場合、人間ではない役を演じることもあるので、その役の行動の動機が思い浮かばないことがあるかもしれない。

 一方、圭介の場合はあくまでもひとりの人間なので、そういう意味では自分のなかに落とし込みやすかったです。


役作りについて話す福士蒼汰さん。

──では、役作りもそれほど苦労されなかった?

 はい。……と言いたいところですが、実はすごく大変でした。僕はいつもお芝居をするときは、何度も台本を読んで自分のなかで人物像をつくりあげていくので、今回もシーンごとに「圭介だったらきっとこうするだろうな」と考えてお芝居をしていたところ、大森(立嗣)監督から「考えなくていい」と、演出を受けまして。今までの僕のやり方ではダメなのか、とかなり悩みました。

監督には「今、わかったでしょ」と

──考え抜いた演技がNGだったということですか?

 はい。準備して作り上げてくるのは大事だけど、本番の瞬間はそれを一度全部忘れて演じてほしい、と伝えられました。

 また、セリフに関しては「どれだけ時間がかかってもいいので、自分が思うタイミングで発してほしい」と助言を受けて。

 これまで自分が作り上げてきたスタイルとは真逆だったので、最初はかなり戸惑いました。でも、徐々に監督の伝えたいことが感覚でつかめるようになってきて、その場での感情を大事にしようと思えるようになったんです。

──「何も考えずに演技する」ほうが難しいのではないでしょうか。

 もちろん、事前に準備はするんです。でも、その準備したものを現場で一度捨て去ることで、「何も考えずに」お芝居ができます。撮影を重ねていくうちに、「監督がおっしゃっているのは、この感覚のことかな」と腑に落ちる瞬間があって。「考えないお芝居」がつかめた瞬間、監督には「今、わかったでしょ」と見抜かれていました!


福士蒼汰さん。

──では、役作りはどのように進めたのですか?

 いわゆる「役作り」はしていません。僕が「濱中圭介」の役作りをすると、どうしても圭介のサディスティックな面を出そうとしてしまうと思うんです。でも、実際の圭介は自分のそういう面を出そうと思って行動しているわけではないですよね。だから、僕がお芝居をすればするほど、そこにウソが生じて「サディスティックなお芝居をしている」ように見えてしまう。

 監督はそれがわかっていたから、考えたお芝居をするなと言ってくださったのだと思います。むしろ圭介を演じる上で考える必要はないと教えてくださったのだと、今となっては理解しています。

 それは僕自身もなんとなく気がついていたのですが、わかっていてもやっぱり少しはお芝居をしたほうがいいのかなと思ってしまうもので。それに負けて考えたお芝居をするとすぐ監督は察知して。その繰り返しのなかで、少しずつ「濱中圭介」ができあがっていった、と感じています。

──福士さんが「濱中圭介」をつかみ取る前と後で、監督からの指示は変わりましたか?

「濱中圭介」をつかみ取る前は何度もテイクを重ねることもありましたが、つかみ取った後はほぼ一発で。「心から出るセリフとお芝居なら何をやってもOK」という監督の演出を身に染み込ませることができたのだと思います。

 今思えば、最初の数日間は、脳みそを通して頭で考えたお芝居をしていたんです。だから、セリフの言い回しを考えたり、こういう表情でやってみようと考えたりしてしまって、大森監督から必ず「もう一回やってみよう」と言われてしまったのだと思います。

「全部捨てていいから、脳みそを通さないで、脊髄反射でやってみよう」というアドバイスを理解してから、自分でも自分が変わったと実感できました。

 大森監督はおそらく、「今、脳を通ったかどうか」を見ていたのではないかと思います。役者が感覚的にやっているのか、脳で考えてやっているのかを見極めて、それ以外は役者に託してくれていたように感じます。

毎回100点満点のお芝居を披露するよりも…

──演じるキャラクターとしても大森監督のやり方としても、今回は、これまでにない作品だったのではないでしょうか。

 初めてで貴重な経験をさせていただきました。大森監督に言われて特に印象的だったのは、「技術はもうあるからいいんだよ」というお言葉でした。

 僕はこれまで、お芝居が自分の「技術」とは思ってはいなかったので、まずは自分のお芝居を「技術」と言われたことが心に残りました。

 言われてみれば、「演技」は演じる技術と書きますよね。これまでたくさんのエンタメ作品に出演させていただいたことで、「声色をこうしてみよう」とか「こういう動きをしてみるのはどうか」と「脳で考える」お芝居が自分の中で通常になっていましたが、今回は、「技術に頼るのではなく心を表して」と、何度も言っていただき、新しい道が拓けたように感じます。


福士蒼汰さん。

 それに、自分がもし観客だったら、毎回頭で考えて準備した100点満点のお芝居を披露するよりも、心で感じたお芝居を出していった方が面白くて人間味を感じるなと。心で感じたお芝居は、20点しか出せないことも、150点を出せることもある。でも、それが緩急になって、リアルな世界観に繋がるのではないでしょうか。

──今作に出たことで、次の作品以降の道筋が見えてきた部分はありますか?

 そうですね。これまで出演させていただいたエンタメ作品だと、基本的にストーリーがわかりやすくてハッピーエンドのものが多かったのですが、心を描いている今作は、観る人によって感じ方や何が残るかが変わる作品だと思います。

 今作のように、ハッピーエンドではないのかもしれないけれど、見た人によって捉え方がまったく異なる作品にもすごく興味があるので、また挑戦する機会があったらいいなと思っています。

文=相澤洋美
写真=三宅史郎
スタイリング=オク トシヒロ
ヘアメイク=佐鳥麻子