北朝鮮国営の朝鮮中央通信によれば、金正恩総書記は5日、全国から平壌に集まった分駐所長たちと会い、「社会主義のわが祖国を侵害する全ての要素と断固たたかう鋭い刃となり、人民の革命偉業に対する信念を倍加させる巧みな政治活動家にならなければならない」と檄を飛ばしたという。

分駐所は、北朝鮮の警察機構(社会安全省)の最下部機関であり、日本の「交番」に相当する。全国の分駐所長が首都・平壌で一堂に会するのは12年ぶりだ。

北朝鮮では、反体制的な動向は秘密警察である国家保衛省が監視・摘発し、社会安全省は犯罪捜査と治安維持を担当する。だが実際のところ、社会安全省も反体制の摘発に比重を置いている。

もっとも、両者とも体制守護の任務を忠実に果たしているかと言えば、そうとは言い切れないのが実情だ。北朝鮮の国家機関の多くは国からまともに予算の配分を得られず、自給自足を強いられている。保衛員や安全員への配給が優先的に保証されたのも、今は昔の話だ。

そして、困窮した彼らが「本業」としているのが、庶民からの「恐喝」である。

北朝鮮のみならず、腐敗した権威主義国家では、役人の持つあらゆる権限が「ワイロのネタ」に化ける。その中でも、逮捕権を持つ保衛員や安全員のそれは最強(最恐)と言えるものなのだ。特に、公正な裁判や客観的な弁護が望めないお国柄にあっては、なおのことである。

彼らに逆らってワイロを出し渋れば、どんな目に遭わされるかわからない。最悪の場合、死刑さえもあり得るのだ。

また、汚職に染まり切った保衛員と安全員が、国家が摘発に血道を上げる韓流コンテンツや海外映像の「密売人」に変身する例もある。たとえばコロナ前の2019年7月、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の清津(チョンジン)に住む安全員は、アダルトビデオがコピーされたUSBを手に入れ、友人を呼んで鑑賞会を行っていたところを摘発された。

これだけでも大問題だが、多数の保衛員が一緒に見ていたことも発覚し、事態を重く見た当局は大々的な検閲(監査)に乗り出した。その結果、彼らは市民から没収したUSBを処分せずに持ち帰り、鑑賞した後で密売していたことが明らかになった。その数は数十人に及ぶ。

これと同じ問題は、覚せい剤を巡っても起きている。警察が犯罪組織と表裏一体となるという、どこかの国の麻薬カルテルと同様の事態に及んでいるわけだ。

ただ、軍隊も真っ青の兵器を揃え、政府と渡り合うカルテルとは異なり、北朝鮮ではやはり権力の方が圧倒的に怖い。金正恩氏がじきじきに檄を飛ばした以上、その言葉は命を賭して守るべき戒律となる。

今後、社会安全省で不祥事が発覚すれば、その当事者たちは見せしめのため、血の粛清に遭う可能性が高い。