ハッと目を引く美しさ

 あの国ではこんなものに大量のお金と労力を注ぎ込んでいたのか! 日本人なら、いや、世界の多くの国の人たちが驚きそうなものが、かつてソビエト連邦だった地域に存在する。その驚きそうなものとは、“バス停”。旧ソ連地域には、想像の上をいく豪華さや芸術性、滑稽さをまとったバス停が大量に存在しているのだ。旧ソ連の国々を巡って“バス停百景”を撮影してきた写真家・星野藍さんの作品を紹介する。【華川富士也/ライター】

 多くの日本人にとって、かつてのソビエト連邦は“壁”の向こうにある遠い場所だった。気楽に「観光」なんて思わない。モスクワ以外の地名はよく知らない。頭に浮かぶのは「クレムリン」「赤の広場」「エルミタージュ美術館」ぐらい。あとは「寒い」「暗い」「怖そう」なイメージがあるだけだった。

 そんなソ連だった地に、魅力的なバス停が大量に造られ、今も残されているという。日本にもメロンやイチゴなどのフルーツの形をしたバス停があるが、旧ソ連のバス停は芸術性やコスト面でグンと上をいっているのだ。

 旧ソ連の国々を巡り、実際に現地でバス停を撮影してきた写真家の星野藍さんによれば、特にアブハジアにはハッと目を引く美しいバス停が多いという。

 なぜアブハジアに多いのか。

「スターリンの別荘があり、度々訪れていたからでしょう」

“史上最悪”と呼ばれた独裁者への忖度が働いた結果、行き過ぎたバス停が増えたと考えられるという。

世界的アーティストの“作品”も

 バス停造りには、ソ連出身の世界的アーティスト、ズラブ・ツェレテリも関わっていた。日本で言えば横尾忠則さんにバス停を発注するようなものか。

 そのバス停作品は、例えばアブハジアの道路上に突然現れる。視界に入れば絶対に凝視してしまいそうな、白地にところどころ赤いタイルが入った壺のような形の構造物。“こんなところになぜアート作品が?”と思いきや、それがバス停なのだ。ツェレテリがデザインした“アートバス停”のひとつだ。

 アブハジアの別のバス停は、波のようにも、シャコガイのようにも見える独特な造形。背面には緑、黄色、赤、青のタイルが貼られ、後ろから見ても美しい。これもツェレテリデザインだ。知らなきゃここにバスが来るとは思わず、写真だけ撮って通り過ぎてしまいそう。そんな芸術的で贅沢な作品が道路脇にポンとあるのだ。

 キルギスには巨大な鳩のオブジェが乗ったバス停がある。その鳩が正面から見ればキュート、後ろから見れば実に猛々しいのである。日本にあれば“珍スポ”として人気になっていたに違いない。

 星野さんは2016年のアブハジア撮影旅の際、移動中にこうしたバス停を見かけ、心をつかまれた。以来、旧ソ連の国々に行くたびにバス停を撮影。撮り溜めた作品をAPAアワード2024に出品したところ、「金丸重嶺賞」を受賞するなど高く評価された。

 また過去に撮影したものを多数収録した写真集「ソ連のバス停」(東京キララ社)も発売されている。

 なお星野さんによれば、訪れた数々のバス停はどこも時刻表はなく、その辺を歩いている地元民に時間を確認するか、人が集まってくるのを見て「バスが来る」と察知し待っていたという。

 ソ連のバス停、彼の地の揉め事が治まった暁には、ぜひ行ってみたいものである

※星野さんの作品など「APAアワード2024」受賞作品は4月30日〜5月5日まで京都市美術館で巡回展が行われる

華川富士也(かがわ・ふじや)
ライター、構成作家、フォトグラファー。記録屋。1970年生まれ。長く勤めた新聞社を退社し1年間子育てに専念。現在はフリーで活動。アイドル、洋楽、邦楽、建築、旅、町ネタ、昭和ネタなどを得意とする。過去にはシリーズ累計200万部以上売れた大ヒット書籍に立ち上げから関わりライターも務めた。

デイリー新潮編集部