実に半世紀ぶりの“快挙”だ。新たに「指定野菜」に加わることになったブロッコリー。栄養豊富であるのはもちろん、その魅力はがん予防効果にある。とりわけ発芽後3日目の新芽「スーパー・スプラウト」のパワーは絶大。専門家がブロッコリーのすごい力を解説。【大澤俊彦/名古屋大学名誉教授 】

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 もっと野菜を食べなさい――。幼い頃、親から口酸っぱくそう注意された人も多いと思いますが、約半世紀ぶりに“重要な野菜”のメンバーが増えることになり、改めてその注意の言葉の意味に思いを巡らせてみる絶好の機会なのではないでしょうか。

 ブロッコリー。

 欧米では、その形状から「栄養宝石の冠」とも呼ばれるこの野菜は、文字通り栄養豊富であることに加え、摂取することによって「スルフォラファン」という、がんの予防に役立つ物質が生成されるのです。

「国民生活に欠かせない重要な野菜」

〈こう解説するのは、名古屋大学名誉教授で、愛知学院大学健康科学部と人間総合科学大学人間科学部の特任教授を兼任する大澤俊彦氏だ。

 食品機能化学を専門とする大澤氏は、「健康長寿と栄養」についての研究を続け、食事摂取に気を配り病気を防ぐことの重要性を説いてきた。そして、著書『食べてガンを防ぐスプラウト健康法』の中では、ブロッコリー、特に発芽直後の新芽の状態である「ブロッコリー・スプラウト」の絶大な病気予防効果を詳しく解説している。

 今年1月、農林水産省は2026年度からブロッコリーを「指定野菜」にすることを決めた。指定野菜になると、国が生産者に対する支援をより強化し、供給量や価格の安定が図られる。つまり、ブロッコリーは「国民生活に欠かせない重要な野菜」であることから、政府は食卓に安定供給しなければならないと判断したのである。

 バレイショ(ジャガイモ)以来、実に52年ぶりに追加され、15番目の指定野菜となるブロッコリーのすごさについて、大澤氏が続ける。〉

“若返りのビタミン”

 ブロッコリーが指定野菜の仲間入りを果たす背景には「ブロッコリー人気」があり、国産ブロッコリーの22年の出荷量は、その20年前の約2倍にも達しています。

 原産地は地中海東部で、イタリアではローマ時代から食されていましたが、日本での歴史は浅く、第2次世界大戦後、駐留軍向けに栽培されたのをきっかけに一般にも広まり、指定
野菜になるまで親しまれるようになりました。

 それも当然のことで、ブロッコリーの栄養の豊富さは特筆に値するものがあります。例えば、生活習慣病の予防に効果的なβ−カロテンなどのカロテン類の含有量はトマトの約2倍、抗酸化作用を持つビタミンCの含有量はレモンのやはり約2倍。ゆでたブロッコリー100グラムの中に含まれるビタミンCは55ミリグラムで、これだけで厚生労働省が推奨する1日当たりのビタミンC摂取量100ミリグラムの半分以上を満たします。

 他にも、“若返りのビタミン”とも呼ばれ、美肌効果のあるビタミンEはニンジンの約5倍、免疫力を高めるビタミンB群もバランス良く含まれていて、不溶性の食物繊維が豊富であるため便通にも良い。まさに、「栄養宝石の冠」と呼ぶにふさわしい野菜なのです。

ポイントは辛味の元

 そのブロッコリーに関して、なんといってもエポックメイキングだったのは、1997年に行われたある研究発表でした。米国ジョンズ・ホプキンス大学医学部のポール・タラレー教授が、スルフォラファンの優れたがん予防効果を明らかにしたのです。

 ブロッコリーを食べると、鼻にツーンとくる独特の辛味を感じませんか? ブロッコリーに限らず、ダイコン、ワサビ、キャベツ、カリフラワーなどのアブラナ科の野菜に共通する特徴ですが、その辛味の元は「イソチオシアネート」というイオウ化合物で、冒頭で紹介したスルフォラファンはこの一種です。

 私たちの生活は、食品添加物など発がん性物質に取り囲まれています。できるだけ体内に取り込まないように心がけたい一方、全く摂取しないということは現実的には不可能でしょう。そうである以上、体内に入ってしまった有害物質を可能な限り無害化して体外に排出するしかない。その役割を果たすのが解毒酵素です。そして、解毒酵素を最大限に活性化してくれるのがブロッコリーなのです。

 より具体的には、ブロッコリーに含まれるスルフォラファングルコシノレートという配糖体が、摂取された後に腸内細菌が働くことで糖とスルフォラファンに分解され、このスルフォラファンが解毒酵素を活性化させるのです。

驚きのがん予防効果

 タラレー教授の実験によれば、発がん性物質を投与したラットを二つのグループに分け、一方には成熟ブロッコリーから抽出したスルフォラファンを与え、もう一方には与えなかったところ、後者の腫瘍発生率は66%であったのに対し、前者では26%にとどまりました。また、1匹のラットにおけるスルフォラファンの投与量の差による効果の違いを検証すると、なにも投与しなかった場合の腫瘍発生数を100%とした場合、少量投与だと44%、多量投与だと33%にまで低減しました。

 さらに2002年には、ブロッコリーにはピロリ菌を除去する効果があるとの研究発表が別の研究者によって行われています。ピロリ菌の保有者は胃炎、胃潰瘍、胃がんと進んでいくリスクを抱えていて、WHO(世界保健機関)も発がん原因のひとつとして認定しています。

 このように、がん予防効果に優れているブロッコリーは、生長状態によって、その効果の高まりが一層期待できることが分かっています。

栄養成分が凝縮されたスプラウト

 発芽野菜のことを英語でスプラウトと言い、「ブロッコリー・スプラウト」とは、「新芽のブロッコリー」を指します。形状としてはカイワレ大根をイメージしていただければいいでしょう。

 植物は新芽となって伸びていく時に膨大なエネルギーを使うため、新芽には栄養成分などが凝縮されていて、100グラムあたりのスルフォラファン含有量を比較すると、成熟ブロッコリーの12ミリグラムに対し、ブロッコリー・スプラウトは100ミリグラム。さらに、発芽後3日目の非常に“若い”スプラウトだと、含有量は258ミリグラムにもなります。成熟ブロッコリーの実に21.5倍ものスルフォラファンを含有しているのです。成熟ブロッコリーを1週間で1キログラム食べて発揮されるがん予防効果が、発芽後3日目のスプラウトであれば50グラム程度で達成されることになります。この驚異のスルフォラファン含有量から、発芽後3日目のスプラウトは「スーパー・スプラウト」と名付けられています。

調理しなくても食べられるという利点

 従って、がん予防効果を期待し、効率よくスルフォラファンを摂取しようと考えた場合、成熟ブロッコリーよりもスーパー・スプラウトのほうが適しているといえます。もちろん、成熟ブロッコリーが“ダメ”ということではありません。前記した通り、さまざまな栄養が豊富で、糖質やタンパク質の代謝を促進する葉酸などはスプラウトよりも成熟ブロッコリーのほうに多く含まれています。それぞれの生長段階の良さがあるので、成熟ブロッコリーも積極的に摂取したい野菜であることは間違いありません。

 成熟ブロッコリーやブロッコリー・スプラウトを含め、健康のために、できることならば良い食材を取りたいと考えている人は多いでしょう。しかし、そこにひとつの壁が立ちはだかります。調理などに手間がかかったりして面倒くさいと、現実問題としてその食習慣は続かないという難点です。

 その意味においてもスーパー・スプラウトには利点があります。調理しなくてもおいしく食べられるからです。サンドイッチのようにパンに挟む。肉料理の付け合わせや、刺身のつまとして食べる。あるいはカイワレ大根のように手巻き寿司の具として使う。このように調理せず「そのまま」で存分に味を楽しむことができます。

 私自身、朝食で野菜が足りない時などに、ネギと一緒にみそ汁にスーパー・スプラウトをサッと入れ、いただいたりしています。スルフォラファンは熱に強く、加熱しても損なわれないのが魅力のひとつでもあります。

「食による害は食で排除する」

 がんには生活習慣の改善による1次予防と、早期発見・早期治療を行う2次予防、外科手術後の抗がん剤治療などによる再発予防という3次予防がありますが、食生活の改善はまさに1次予防です。

 本来、発がん性物質などの有害物質を体内に取り込まないことが望ましいわけですが、先ほども触れたように、一切の有害物質を取らないようにすることは、現代の食生活においてはまず無理です。もし本当にそれを実践しようとするとストレスを抱え込み、むしろ不健康になってしまう恐れがあって本末転倒です。

 そこで大事になってくるのが、食から栄養を摂取することとともに、「食による害は食で排除する」という考え方です。この点から見ても、スルフォラファンを豊富に含んだブロッコリーは、やはり「冠」の称号にふさわしい野菜といえるでしょう。

大澤俊彦(おおさわとしひこ)
名古屋大学名誉教授。1946年生まれ。東京大学農学部農芸化学科卒業。同大学院博士課程修了。農学博士。オーストラリア国立大学リサーチフェロー、カリフォルニア大学デービス校環境毒性学部客員教授、名古屋大学教授等を経て現職。『台所にあるガンを防ぐ食品』『食べてガンを防ぐスプラウト健康法』などの著書がある。

「週刊新潮」2024年4月25日号 掲載