並行在来線を受け持つ会社として発足

 今年3月16日、金沢から敦賀までの北陸新幹線延伸区間が開業、東京から福井県までが新幹線で結ばれた。その裏で生まれた「キラキラネーム」のような鉄道「ハピラインふくい」が話題になっている。人気の秘密に迫ってみた。

 金沢〜敦賀間の新幹線開業に伴って、並行していた北陸本線はJR西日本から切り離され、県ごとに第3セクター鉄道の運営となった。石川・福井の県境に近い加賀市の大聖寺駅を境に、石川県側の金沢〜大聖寺間はIRいしかわ鉄道、福井県側の大聖寺〜敦賀間はハピラインふくいが運営する。

 IRいしかわ鉄道は従前から旧北陸本線の倶利伽羅〜金沢間を運営していたが、ハピラインふくいは福井県内エリアを受け持つために19年8月に設立。本区間が初めての鉄道営業となり、福井市をはじめ嶺北地域の主要都市を経由して敦賀に至る。そんな新会社だが、22年7月に社名「ハピラインふくい」が発表された時は、まるで“キラキラネーム”のようだと揶揄する向きもあった。

 由来は福井県の「福」から、地元の“しあわせな未来”を作っていくというもの。とはいえ、並行在来線としてJRから切り離され運賃も別立てになり、青春18きっぷなどJRで使えるフリーきっぷなども適用外になる。北陸新幹線自体、敦賀から南の大阪方面へは着工のめどが立っておらず、関西・東海から福井・金沢へは敦賀駅での乗換が必須となっている。100点満点の祝賀ムードとも言えない中で、開業前の同社もJR時代の稼ぎ頭の特急を失うこともあり、先行きは明るくはなかった。

 ところが、開業を目前にした24年初頭からネットでは「猫ミーム」が大流行すると風向きが変わってくる。

 猫のしぐさを組み合わせて、日常の多彩なネタをユーモアたっぷりに表現した「猫ミーム」。人気の動画の中に、飛び跳ねる子猫に合わせて「ハッピー」を連呼する音をかぶせたものがあり、偶然にもハピラインふくいを連想させるネタが流行。一転して、トレンディな社名になった。地元の利用者や鉄道ファンには、列車で路線名を耳にする度に猫が飛び跳ねる光景が頭をよぎっているかもしれない。

新幹線のおかげで通過待ちなし

 JRから新会社となった同線は、新幹線開業前に走っていた特急「サンダーバード」や「しらさぎ」が全て新幹線に置き換えられ、特急街道から普通や快速だけが走る路線に。大阪方面へのサンダーバードと、名古屋・米原方面へのしらさぎがほぼ合計毎時2本走っていたが、その分、普通列車は何度も特急の通過待ちを余儀なくされていた。

 だが、新幹線のおかげで通過待ちがなくなり、パターンダイヤ化と所要時間の短縮も実現した。早朝から深夜まで、福井〜武生間では30分間隔、それ以外の大聖寺〜福井間と武生〜敦賀間は1時間間隔を維持し、ラッシュ時は区間運転の列車が加わる。IRいしかわ鉄道との直通運転で、JR時代と変わらず金沢方面への列車も運転されている。

 普通列車で敦賀〜福井間は約50分、福井〜金沢をIRいしかわ鉄道も乗り通して使えば約80分。新幹線ではそれぞれの区間は約20分と約40分となるが、敦賀〜福井間であれば新幹線が運賃と指定席特急料金合計3660円 に対し、ハピラインふくいは1140円。30分遅いが料金は3分の1と考えれば、福井近辺までなら旅行者にも十分選択肢とならないだろうか。

 朝晩には福井〜敦賀間で上下9本の快速も運行。途中は鯖江、武生、南条もしくは今庄にのみ停車する設定となっていて約40分で走破できる。かつての特急(福井〜敦賀無停車で約30分)には及ばないとはいえ、長距離を移動したい乗客と近距離の乗客のニーズを分離。混雑の緩和も図っていて、まずは攻めのダイヤ設定を打ち出した。

 フリーきっぷはハピラインふくい単独で乗り放題の「ハピラインふくい1日フリーきっぷ」が大人1500円、福井鉄道とえちぜん鉄道も乗車できる「ハピラインふくい開業記念 鉄道3社共通1日フリーきっぷ」が2000円、あいの風とやま鉄道・IRいしかわ鉄道と共同で旧北陸線区間を通しで利用できる「あいの風・IR・ハピライン連携 北陸3県2Dayパス」が2800円で設定された。

 ハピラインふくいは今、「普通列車で通過できる国内最長トンネル」を持っている。トンネル延長1万3870メートル、国鉄時代の1962年に開業した北陸トンネルだ。木ノ芽峠をループしていた旧線から峠を一気にトンネルで貫通した北陸路の要衝も、新幹線開業で同社に移管された。敦賀駅から同線に乗ると2分ほどでトンネルに突入し、10分弱でトンネルを抜ける。

トンネル維持という重責

 これより長い陸上トンネルはいずれも新幹線のもので、海底の青函トンネルも現在では新幹線と団体専用列車でしか通過できない。優等列車がなくなっても貨物列車は残っており、普通列車での地域輸送に加え、北陸と関西をつなぐこのトンネルの維持という重責も同社は担っている。

 交通の難所でもある敦賀周辺は、JR西日本に残った敦賀〜新疋田間のループ線、北陸トンネル完成前の北陸線旧線を道路に転用した「旧北陸線トンネル群」が現役のインフラとして使われている。このようにかつて群馬・長野の県境にあった信越本線の横川〜軽井沢間の“横軽”にも劣らない鉄道遺産が残っているし、在来線の北陸トンネルは現役だ。

 JR時代よりも地域本位の経営の自由度が高まり、早速新駅の計画が進んでいる。その第1弾は武生〜王子保(おうしお )間に来年春に開業予定の「しきぶ駅」。駅名の由来は、駅の近くの「紫式部公園」から。藤原為時が越前国司に任ぜられた時期があり、その時代に娘の紫式部もこの地に滞在していたと推測され、当時の越前国府があったと推定される武生の街に平安庭園風のこの公園がある。福井の観光地といえば恐竜や東尋坊のイメージが強いが、ハピラインふくいの沿線にもこのように見どころは少なくない。

 懸念点は、特に福井から敦賀方面の列車は2両編成がほとんどで輸送力に難があるところ。ただし、すでにラッシュ時の混雑のために、夕時間帯の敦賀方面1往復と芦原温泉方面1往復を4月中の平日一杯は2両から4両に増結していて、利用者から評判は上々だ。

 大型連休期間にも、特に敦賀方面からの観光客がどれだけ新幹線ではなくハピラインを選ぶかで、同線の収益や快適性が変わってくるだろう。できれば、福井以南も恒常的な増結を図って、地元ユーザーと旅行客のどちらにも「ハッピーハッピー」な鉄道になってほしい。会社発足当時の不安感を吹き飛ばす可能性は十二分にある。

デイリー新潮編集部