昨年に続き、タイに今年も長期滞在していますが、この国の臨機応変さは居心地いいですね。まぁ、「テキトー」と言っても構わないのかもしれませんが、ルールをガチガチに守ることが大好きな日本とは対照的。

 それはさまざまな状況で融通を利かせてもらえることにあります。一つは朝8時30分からやっている食堂。ビールがあるか聞いたら、店主は突然ノーヘルでバイクに乗って走り出す。約5分後、黒いビニール袋に冷たいビールを2本入れて帰ってきた。

 本来この食堂では売ってない商品を仕入れてくれたのに加え、仰天したのが、この時間はビールを購入できないこと。タイでは11時〜14時、17時〜24時しか酒類は買えません。しかし、この店主のように時間外にビールを売る店は黒い袋に入れて中が見えないようにする。知り合いがやっている店であればこのような融通を利かせてくれるのです。いや、黒い袋持っていたら酒が入っているってサインでしょうよ!

 あと、アイリッシュパブでステーキを頼んだのですが、フレンチフライと焼きトマトと目玉焼き二つがついてくる。フレンチフライをベイクドポテトに代えられる? 差額は払うので、と言うと店員は「OK」と応え、しかも追加料金はナシ。

 とまぁ、このような融通の利かせ方を現場の独断でしてくれるのですが、基本的考えとして「そこまで手間がかからないのであれば、できる限り応えてあげる」というものがある。

 そして、歩行者は信号無視は当たり前だし、横断歩道のないところでも平気で歩く。誰かが渡り始めたらそれについていくと車は止まってくれる。こんなことを日本語でX(旧ツイッター)に書いたら「犯罪自慢ですね。通報しました」なんて書かれそうです。以前とあるジャーナリストが夜、誰もおらず車も通っていない赤信号を渡らないのは意味不明、的なことを書いたら批判が殺到したことがあります。

 そして、厚労省ですよ……。認知症・大腸がん発症可能性を低くするため、史上初・酒のガイドラインを策定しました。女性の場合は1日あたりの飲酒量はビールはロング缶1本、日本酒は1合弱だそうです。男性はその2倍。

 人間には愚行権があるのに、ついに酒の量まで指導し始めた。日本の場合、ここから現場が勝手にルールを作っていくんですよね。居酒屋の飲み放題禁止も検討されるでしょうし、さらなる規制が登場する可能性もある。コロナの時、「健康を守るために頑張る競争」が発生し、商業施設や公共交通機関、県庁を含めた役所が規制をかけまくった。何しろ、規制をかければかけるほど「感染症対策優良施設」「意識の高い知事」と賞賛されたのですから。

 酒の件で考えられる未来を予想します。まず、ロング缶2本以上買った場合は厚労省ガイドラインの書かれた紙を渡される。どこかの知事が「県が管理する場所での花見禁止」を決定。繁華街のある市や区が「路上飲み」禁止条例を制定。飲食店で2杯目以降の注文時「本当に頼みますか?」と店員やタブレット端末から注意される。いっそのこと禁酒法作ってくれた方が諦めがつきます。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

「週刊新潮」2024年3月14日号 掲載