すでに2019年に衆議院で「全国の刑務所内における認知症傾向にある受刑者への対応」に関する質問が行われていた。法務省によると、全国の受刑者のうち60歳以上で認知症傾向のある受刑者は、2016年時点で14%、約1300人もいるという。(藤原良/作家・ノンフィクションライター)

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 2019年には、その対策として徳島刑務所内に「機能促進センター」が設置され、要介護者の状態に近い高齢の受刑者が集中的に収容されるようにもなった。

 さらに23年、これまでのような刑務作業が義務ではなくなり、刑罰から懲役と禁固をなくして新たに拘禁刑とすることで、受刑者それぞれの特性に合わせた処遇を受けられるという刑罰の改正が行われた。25年から施行される見込みだ。

 刑罰の種類が変更されたのは、1907年の刑法制定以来初めてとなった。こういった高齢化対策は、一般社会や刑務所の中だけではなく、暴力団業界においても近年、様々なところで起きている。

 暴力団業界にも高齢化の波は押し寄せており、70歳過ぎの暴力団員も珍しくない。ある高齢の組長は認知症を発症した。ヤクザ暮らしが長かったせいか、妻とはもう数十年前に離婚しており、息子たちとも生き別れ状態になっていた。

 組長の親戚も先に他界しており、要するにこの組長は身寄りがいない状況だった。

 症状がまだ軽度だったことや、認知症以外の病気がなかったので、即入院とはならなかった。だが、ひとり暮らしをしていたので、「認知症のせいで拳銃でも撃ち始めたら大変だ」と、子分である組員たちは組長の介護をすることとなった。

介護に疲弊する組員

 組長は、早朝から近所の公園で散歩することを日課としていた。認知症になったとは言え、まだ日常会話も可能で、普通の老人として日課の散歩を楽しみにしていた。

 組員たちは交代で朝4時から組長の早朝散歩に同行することとなった。だが、朝4時からの散歩に同行することは、プロのヘルパーでも難色を示す。現役の組員が毎日付き添ってみると負担は非常に大きく、日に日に疲弊していった。

 組長は賃貸マンションに住んでおり、毎朝の散歩にその筋の者と一目で分かる組員が同行したため、暴力団組長だということがマンションの住民や近隣の人々が知るところとなってしまった。

 結局、組長はマンションから退去するハメとなった。組内の兄貴分格の組員が自分の自宅の近所にあったアパートを手配して組長に引っ越しをしてもらったが、認知症の組長に引っ越し理由を理解してもらうのにかなり往生した。

 組長としての職務責任や自身が所属している上部団体への上納金の支払い責任はさておき、組長は組員たちに自身の引退を完全否定している。

 組員たちからすれば、正直なところ、組長と組員という関係だから介護をしているわけで、組長が引退すれば組長の介護をする必要性はなくなる。それもあってか、この組長は断固として引退を拒絶しているようなのだ。

高齢者に冷たい暴力団

 そして、この組長は病院を嫌っており、アパートに引っ越して来てからは最寄りの病院にもまったく行こうとしない。組長の介護を続ける組員たちの疲労度はもう限界点にまで達している。

 ところで、高齢化が著しい暴力団業界で、それぞれの団体は高齢化対策を具体的に定めているのだろうか?

 昔から葬儀などの義理事や組長の誕生会やらと、組織綱領以外の規定や行事が多いのがこの業界の特徴である。

 ヤクザゆえ、身寄りもなければ社会保障もない高齢者が目立つ。ならば、高齢者対策に関して何らかの取り決めがあってもいいような気がする。

 例えば、高齢の組長や組員への組織独自のお見舞金のようなものがあったり、既存の渉外委員長や風紀委員長のように、組織内の高齢者の世話をする委員長を設置するなど、相互扶助的な機能を整備したとしても何ら不思議ではない。

 だが、今のところ、ハッキリとした取り決め事を持っている暴力団組織はない。現状では、高齢化した組長や兄貴分を、子分や舎弟たちがそれぞれ世話をするというのが通例となっている。もちろん、まったく世話をせずに置き去りにしているケースもある。

 40代で若手組長と呼ばれる面々の中には、若い衆の面倒も見ながら、自分が所属している上部団体の高齢者組長の面倒も見ている者もいる。自分が暴力団員になった時、将来、高齢者となった組長の世話をするとは微塵も思ってはいなかったはずだ。

藤原良(ふじわら・りょう)
作家・ノンフィクションライター。週刊誌や月刊誌等で、マンガ原作やアウトロー記事を多数執筆。万物斉同の精神で取材や執筆にあたり、主にアウトロー分野のライターとして定評がある。著書に『山口組対山口組』、『M資金 欲望の地下資産』、『山口組東京進出第一号 「西」からひとりで来た男』(以上、太田出版)など。

デイリー新潮編集部