岸田政権にとって厳しい結果となった衆議院補欠選挙。東京15区では、各党が「突撃」「いやがらせ」に悩まされるという騒動も起きていた。当選した立憲民主党も「被害者」側なのだが、その言い分に違和感があると語るのは、元産経新聞記者のフリーライター、三枝玄太郎氏だ。これはある種のブーメランなのではないか――。以下、三枝氏の特別寄稿である。

 ***

逮捕者も出た選挙妨害

 4月28日の衆議院補欠選挙は立憲民主党が3勝、自民党は完敗1、不戦敗2という結果に終わった。野党側は「政権交代前夜」と言わんばかりに鼻息も荒いのだが、この選挙を取材に行った筆者が気になったのは、結果のほかに選挙戦の最中の「場外乱闘」とも言うべき騒動であった。

 東京15区補選は、立憲民主党の元江東区議、酒井菜摘氏(37)、日本維新の会の新人、金澤結衣氏(33)、日本保守党の新人でイスラム思想研究家、飯山陽氏(48)に、無所属新人で作家、乙武洋匡氏(48)=国民民主党が推薦、無所属で元参院議員の須藤元気氏(46)の5人を中心とした争いとなった。

 4月20日と21日、豊洲に行ってみた。ららぽーとの前に聴衆が集まっており、聞けば維新の候補の応援に吉村洋文・大阪府知事(日本維新の党共同代表)(48)が来るのだという。吉村知事のファンである妻は「絶対に(演説を)聞く!」と譲らない。続々、100人ほどの人が集まってきた。

 演説が終わったころ、運動員の間から「つばさの党が来るらしい」という声が聞こえ始めた。金澤候補と吉村知事が練り歩きを始め、ららぽーとそばの公園を歩きだしたころ、メガホンを持った男性が現れた。

 男性は、維新の対中姿勢について喚きながら金澤候補と吉村知事を追いかけだした。陣営のボランティア(区議や市議が多かった)が身を挺してガードする。途中「携帯電話を落とされた!」などの怒声が聞こえた。横断歩道を渡っていた中学生くらいの男子生徒が「うるさすぎると思います!」と絶叫していた。この党は、その日は維新の行く先々で妨害行為をしていたという。

 彼らが敵視しているのは、維新の会だけではなかった。あちこちの対立陣営に対して執拗かつ過激な妨害行為を繰り返し、ついに21日には、逮捕者が出た。

 この日の午後7時40分ごろ、JR亀戸駅前で行った乙武氏陣営の街頭演説中のことだった。東京都の小池百合子知事(71)と国民民主党の玉木雄一郎代表(55)が応援演説中、男が駆け寄り、「おい。乙武! お前何しに来たんだ!」と叫んで突進し、止めようとしたスタッフが転倒するなどしたという。警視庁城東署は暴行の容疑で現行犯逮捕した。23日、警視庁は公選法違反(選挙の自由妨害)容疑に切り替えて、男の身柄を東京地検に送った。

 乙武陣営は午後5時にも東京メトロ有楽町線豊洲駅前で街頭演説会を行った際、補選に出馬しているつばさの党の候補者男性本人(29)にスタッフの男性を引き倒されるなどしており、陣営幹部が傷害容疑などを視野に警視庁に被害届を出すことにしているという。

いやがらせと突撃

 このいやがらせや突撃を繰り返す「つばさの党」関係者は上記の主要候補の前にはほぼ姿を現している。参政党の吉川里奈氏の陣営にも現れたという。選挙最終週に入った22、23日にもあちこちの陣営に「突撃」を繰り返していたというから、確信犯だろう。

 聴衆とて、静かに演説を聞いてなどいられない。私は乙武氏の豊洲での街頭演説の会場にいたが、「不倫」「不倫」とうるさいことこの上ない。警視庁警護課は数十人のSPを配置し、車線規制までして対応したが、彼らを囲んで動けなくしたり、警告したりするものの、あまり効果があるようには見えなかった。

 立憲民主党の蓮舫参院議員(56)は21日に選挙カーで遊説中、執拗に追い掛け回された上、暴言を浴びたと22日、X(旧ツイッター)に投稿している。

 こうしたことの影響だろう、各党の街頭演説の予定はXから姿を消し、各党とも事前予告なしに姿を見せて演説を終えるとサッサと次の場所に移る「ゲリラ街宣」を余儀なくされた。おかげでXの情報をもとに各党の演説会場に向かって取材しようという私の目算は外れてしまった。

選挙妨害がやりやすくなったのは誰のせいか

 この件に関して、蓮舫氏は「警察の対応が遅くて怖かったです」と書き込んだ。

 私は苦笑を禁じえなかった。なぜなら警察が対応しづらい状況を作ってしまったのは、ほかならぬ左派勢力の人たちだからである。私には蓮舫氏の書き込みは、いつものブーメランの類に思えてならなかった。

 2019年、札幌市で街頭演説をしていた安倍晋三首相(当時)は男女にヤジを飛ばされた。1人の男性は「アベヤメロ!」もうひとりの女性は「増税反対!」と叫んだ。男性は北海道警の警察官に現場から排除された。警察官は「選挙の自由を妨害してはいけない」「他の人や演説者に迷惑」と話したという。

 これに対して、男女は「表現の自由を侵害された」として、北海道に計660万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。札幌地裁の広瀬孝裁判長は訴えを認め、道に計88万円の賠償命令を出したのである。しかもその約3カ月後の2022年7月8日、安倍晋三元首相は奈良市で演説中に凶弾に斃れた。

 安倍元首相の暗殺事件後に開かれた札幌高裁(大竹優子裁判長)の判決公判でも、大竹裁判長は、男性の訴えこそ退けたが、女性の訴えは認め、1審の女性に対する55万円の賠償命令は維持した。

 問題は、いずれの判決も「ヤジは表現の自由」とする原告側の主張の根幹部分を認め、道警の排除は「表現の自由の侵害に当たる」と判事したことである。これで萎縮しない警察があるだろうか。

 この一件で北海道のメディアは、こぞって道警の対応を批判し、地元HCB(北海道放送)のデスク職の男性は自らメガホンをとって、「ヤジと民主主義」というドキュメンタリー映画まで作った。この訴訟の原告の女子大生は、その後、労組の専従職員となり、書記次長となっている。この労組の上部団体は自治労であり、立憲民主党の支持母体である。

 そして、今回の補選で警察の迅速な対応を求めていた蓮舫参院議員は2019年7月、前述の裁判闘争となった安倍首相(当時)へのヤジについて「この(北海道警の)排除の在り方はおかしい」とXに投稿している。

 こうした混乱を受けて、ついに松本剛明総務相は23日、会見で「公職選挙法の自由妨害罪などの処罰対象となりうる」との認識を示した。

 ヤジは「表現の自由」として認められるのだろうか。

 もちろん、ちょっとしたヤジを飛ばした者までも警察が弾圧するのは行き過ぎだろう。しかし、北海道の件でいえば、警察は妨害をやめるよう排除しただけであり、誰かを逮捕したわけではないのだ。

 その一方で明らかに最初から妨害を目的とした者による執拗なヤジも「自由」としていいのだろうか。周囲の聴衆が演説を静かな環境で聞く権利というものは認められないのだろうか。蓮舫氏に問うてみたい。

 死刑制度とこの問題は自らが当事者になってみないと実感できないのかもしれない。札幌のヤジ訴訟は最高裁に上告されており、係属中だ。

 今回の東京15区補選の場外乱闘は、演説妨害を「表現の自由」として、褒めたたえていた政治家を含む人々とそれを後押しするマスコミ、司法も、その姿勢、あり方を問う一件だったと思う。

三枝玄太郎(さいぐさ・げんたろう)
1967年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。1991年、産経新聞社入社。警視庁、国税庁、国土交通省などを担当。2019年に退職し、フリーライターに。著書に『三度のメシより事件が好きな元新聞記者が教える 事件報道の裏側』など。5月に新刊『メディアはなぜ左傾化するのか 産経記者受難記』刊行予定。

デイリー新潮編集部