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 テレビを見ながら、口をぽかんと開けている。しょっちゅう、いびきをかく。歯ぎしりが止まらない……。子どもにこのような様子が見られたら、「口腔(こうくう)機能発達不全症」の可能性があります。かみ合わせや歯並びに影響するこの病気の早期発見のポイントを歯科医師に聞きました。

■口腔機能発達不全症とは?

 口腔機能発達不全症は比較的、新しい病気で、2018年から保険診療で治療ができるようになりました。簡単に説明すると、18歳未満で、原因となる病気がないにもかかわらず、「呼吸する」「食べる」「話す」機能が十分に発達していない状態をいいます。

 以前から歯科医師の間では、このような子どもが多いことがいわれており、問題視されていました。どのくらいの子どもが該当するかは明らかではないものの、例えば代表的な兆候の一つ、「口唇(こうしん)閉鎖不全」(唇を閉じることができない)、つまり「お口ぽかん」の有病率は、3 歳から 12 歳までの約 3 割という歯科医師らの調査結果があります。

新潟⼤学⼤学院医⻭学総合研究科⼩児⻭科学分野の⿑藤⼀誠准教授らの研究グループによる、3〜12歳3399人を対象にした調査から(https://www.niigata-u.ac.jp/wp-content/uploads/2021/02/rs210217.pdf)

 口腔機能発達不全症の治療に取り組んでいる矯正歯科専門医で、小児の治療に従事している、はやし矯正・歯列育成クリニック(東京都世田谷区)院長の林亮助歯科医師は、こう話します。

「親御さんの多くが、『うちの子は歯並びやかみ合わせがよくないようだけれど、大丈夫?』と心配されていると思いますが、実はこの口腔機能発達不全症が歯並びやかみ合わせの問題を引き起こす大きな原因であることがわかっています。ですから、この病気について知っていただくことは、とても大事なのです」

 ただし、「発達不全」と言っても機能的に全然働いていないわけではなく、「やや低下している状態」です。その大きな要因は「日々の口の筋肉の使い方」にあるといいます。

「いい歯並びとかみ合わせを獲得するには、歯が生える土台となる上下の顎(あご)が十分に成長することが必要です。この成長に大きく関与しているのが、舌や咀嚼筋(そしゃくきん)、頬の筋肉などの筋肉群なのです」

■お口ぽかんは歯が並ぶスペースが狭くなる可能性が高まる

 例えば、「ごっくん」と物をのみ込むとき、口蓋(こうがい:上顎、口の中の天井にあたる部分)の粘膜にのせた舌に、圧力がかかります。

「のみ込む動作は1日に2000回以上、行われるため、舌によって繰り返し上顎に圧力をかけることが、上顎を広げます。上顎が広がると永久歯の生えるスペースができ、歯がきれいに並びます。一方、例えばお口ぽかん、の状態で口呼吸が続くと、舌の力が弱くなり、舌の位置がのどのほうに落ちて、上顎を押すことができません。このため、上顎の成長が抑制されて、歯が並ぶスペースが狭くなるリスクが高まるのです」

 また、下顎の成長にはかむ筋肉である「咬筋(こうきん)」の働きが欠かせません。咬筋は咀嚼筋の一つで、下顎の骨を上に引き上げ、上下の歯をかみ合わせる働きを担っています。

「しっかりかむことはもちろんですが、正しいのみ込み方ができることも大事です。実は口腔機能発達不全症のお子さんは、のみ込む動作が、赤ちゃんがおっぱいやミルクを飲むときののみ込み方である『乳児型嚥下(えんげ)』になっていることが多い。こののみ込み方で食事を続けていると、下顎の成長が抑制され、顎が小さくなってしまいます」

 正しいのみ込み方では、のみ込む瞬間に奥歯を噛んで、舌の先を口蓋に押し付けながら、飲み込みます。一方、乳児型嚥下をしている子どもは、飲み込む瞬間に上下の歯が離れ、舌を前方に突き出しています。

「ためしに口を少し開いた状態でそこから舌を出し、つばをのみ込んでみてください。とてもつらく、のどに唾がつかえそうになるのがわかると思います」

 正しく口の機能が発達していないと、「クチャクチャと音をたてて食べる」「食べ物をこぼす」「発音や言葉がうまく発せられない」などの問題も起こってきます。

■オーラルフレイルに移行しやすいことも

「成人でも、舌足らずの話し方やクチャクチャと音を立てて食べるクセを指摘された人はいるでしょう。実はこのような人たちの中には、口腔機能発達不全症を持ったまま大人になったケースが多いと考えられるのです。口腔機能発達不全症があると、年をとってから、オーラルフレイルに移行しやすいこともわかっているのです」

 フレイルは「Frailty(虚弱)」を意味する言葉。高齢になって要介護の危険が高まりつつある状態をさします。「オーラルフレイル」はこのフレイルが口の機能にも起こっている状態、つまり、「口の老化」です。

「オーラルフレイルが進むと、食べたり、飲んだりが困難になり、高齢者の代表的な死因の一つである『誤嚥性(ごえんせい)肺炎』につながることもあります。このようなリスクを減らし、お子さんのお口の健康を育てるためにも、口腔機能発達不全症を改善することは大事です。成長期の子どもは、顎もどんどん動きますので、体操やセルフケアで、よくなっていきます。歯科にやってくる患者さんは永久歯が生え始める5〜6歳ごろからが多いですが、これ以降でも、できることはたくさんあることを知ってほしいと思います」

■気づくためのサインとは

林歯科医師に口腔機能発達不全症のサインを挙げてもらいました。

 このうち、多く見られるのが「⑤テレビなどを見ているときにお口がぽかんとしている」と「⑥いつも唇が乾いている」です。これらは口呼吸のサインでもあります。

「お口ぽかんのある子は顎が緊張したり、顎の下が緩んで二重顎になったりしていて、赤ちゃんのような顔貌です。また、唇は富士山のような山形で、『ドライウェットライン』(下唇の乾いているところと、ぬれている部分の境界線)が明確なのが特徴的です。なお、お口がうっすらとあいている、舌先が見えている、なども口呼吸をしている可能性が高いです」

お口ぽかんの例 出典:「どう診る?どう育てる? 子どもたちの歯列と口腔機能」(クインテッセンス出版株式会社)

 もう一つは「⑨  寝ているときにいびきや歯ぎしりがある」です。

「『歯ぎしり』が続く場合、日中も歯をくいしばっている可能性が高く、口の周囲の筋肉が過度に緊張するために、口の機能に影響が起こります。くいしばりは大人に多いと注目されてきましたが、近年、子どもにも増えていることが学会で話題になっています」

 9つのサインのいずれかに当てはまる場合は、歯科医院で診てもらいましょう。

「歯科では食べる機能、話す機能、そのほかの機能などについて、お子さんや保護者に問診を行います。また、ガムをかんでもらって舌の動き、食べ方や飲み方を確認したり、口の中の写真を撮ったりします。診断の結果、口腔機能発達不全症と診断された場合は、『口腔筋機能療法』(MFT)というトレーニングを保険診療により、受けることができます」

 口呼吸の原因が扁桃肥大(へんとうひだい)やアレルギー性鼻炎であるなど、体の病気が原因の可能性がある場合には、耳鼻科など専門の医療機関へ紹介します。

 なお、口腔機能発達不全症の診断・治療は小児歯科や小児矯正歯科の専門医院で受けるのがいいということです。

(取材・文/狩生聖子)

チェックポイント 林亮助歯科医師の取材をもとに編集部で作成