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 歯並びやかみ合わせの問題を引き起こす原因となる「口腔(こうくう)機能発達不全症」。小学校低学年では、舌のトレーニングがとても有効です。親子でできる簡単なトレーニングの方法や、トレーニングの先の治療としての「矯正治療」のタイミングについて、専門家に聞きました。

■正しい歯並びやかみ合わせには、口の機能の発達と顎の成長が必要

 18歳未満で、原因となる病気がないにもかかわらず、「呼吸する」「食べる」「話す」機能が十分に発達していない状態を「口腔機能発達不全症」といいます。口呼吸や歯ぎしり、いびき、食べる時にこぼす、聞き取りづらい発音や発声がある、などがその兆候です。

 矯正歯科専門医で、小児の治療に従事しているはやし矯正・歯列育成クリニック(東京都世田谷区)院長の林亮助歯科医師は、こう話します。

「美しい歯並び、かみ合わせの獲得には、口の機能の発達と十分な顎(あご)の成長が必要です。口腔機能発達不全症のお子さんは、これがうまくいっていないため、これを改善する口のトレーニングが有効です。専門用語で、『口腔筋機能療法』(MFT)といわれるもので、保険診療により、歯科で指導を受けることができます」

 トレーニングの大きな目的は、「正しい舌の使い方を身につけること」です。舌は筋肉のかたまりです。体を動かすことで骨や筋肉の成長が促されるように、食べたり、飲んだりするときに舌がしっかり使われることで、口や顎は成長していきます。

「口腔機能発達不全症がある場合、舌が正しい位置になく、その動きも十分でないことが多いです。トレーニングにより、これが治っていくと、口や顎の成長が促され、同時に歯が正しい位置に並びやすくなります。口呼吸などの問題もよくなることが多いですね」

 なお、上顎の成長は7、8歳をピークに10歳までに終わります。下顎の成長はもう少し後、思春期にピークがあり、通常18歳ごろに完了します。

「上顎の成長がよくなると、それにともなって下顎もよく成長することがわかっています。ですから、小学校低学年までにまずはしっかりトレーニングをして、上顎を十分に広げることが理想的だと思います」

■トレーニングの方法は?

 トレーニングは複数あります。歯科で実際にトレーニングを受け、やり方を身につけたら、自宅でもおこないます。

「口腔機能発達不全症の治療に力を入れている小児歯科や矯正歯科で実施されています。トレーニングの指導をするだけでなく、その効果が得られているかを、舌の圧力を測定する検査機器などで、きちんと評価してくれる医療機関で受けるといいでしょう」

 今回、林歯科医師に自宅でもできる二つのトレーニングを教えてもらいました。

■舌の正しい位置を身につける

 口を自然に閉じているとき、舌先は前歯の真ん中2本の裏にある歯ぐきの膨らみ(スポットという)に当たり、舌全体が上あごに吸い付いています。この舌の刺激によって上顎が成長します。一方、舌先が歯の裏にある、前歯のすき間から出ている場合はできていない証拠。聞き取りやすい発音や発声ができていない場合も、できていない可能性が大。この位置を普段から意識するように心がけます。

■舌を使った遊び

正しい舌の位置が意識できるようになったら、遊びながら舌を鍛えていきます。

「なお、口呼吸の原因にアレルギー性鼻炎や扁桃肥大(へんとうひだい)などがある場合は、病気の治療を優先します。クセとして口呼吸が習慣になっている場合は、『呼吸をするところはお口ではなく、お鼻だよ』と教えて、意識させることが大事。また、寝ているときやテレビを見ているときに『口呼吸予防テープ』を貼るのも一つの方法です」

 トレーニングをしても、効果が見られない場合もあります。

「その場合は矯正器具を使って顎の成長を促す治療があります。顎を成長させるとともに、きれいな歯並び、かみ合わせを作っていくことも治療に含まれます」

 と林歯科医師。

 子どもの矯正治療には、乳歯と永久歯が混在する時期におこなう「早期治療(第1期治療)」と永久歯が生えそろってからおこなう「本格治療(第2期治療)」があります。

「早期治療では、薄いプレートに拡大ネジ(スクリュー)を埋め込み、そのネジを回すことで顎を広げ、歯列の並ぶ場所を作る矯正器具を使うことが多いです」

 永久歯が生えそろう12歳くらいからは、ワイヤを使ったり、マウスピースを使う本格的な矯正が可能です。なお、早期治療は土台を整え、本格治療にスムーズに移行することを目的に行われます。

「ただ、早期治療については積極的にすすめる歯科医師と、必要はないという歯科医師と意見がわかれます。実際、早期治療により、本格治療をしなくてもすめば理想的ですが、そうはいかないことも多いのです。また、早期治療で歯並びがきれいになっても、『もっときれいにしたい』と本格治療を希望する親御さんもいます。このため、『永久歯が生えそろってから治療をすればいい』という考え方も出てくるわけです」

 歯科医師によって意見が異なる理由はほかにもあります。

「矯正治療については、研究途上の部分が多いためです。学術的に理論が確立していないものは、わかりやすくいえば複数の考え方があるということで、どれが正解とはいえないのです」

■歯科医院で話を聞くときのポイント

 だからこそ林歯科医師は、矯正治療を検討する場合には、「複数の歯科医院で意見を聞いたうえで、選んでほしい。当院も3軒目、4軒目としてやってくる方が多いです」と話します。林医師に歯科医院で話を聞く際のポイントを挙げてもらいました。

●矯正治療の専門医に話を聞くことがのぞましい

(日本矯正歯科学会専門医など)

●早期治療をすすめられた場合、そのメリットや必要性について確認する

(早期治療により、本格治療をしなくてすむ。したとしても永久歯を抜かなくてすむ、などのメリットがある場合も。また、乳歯が抜けないまま、永久歯が異常な位置から顔を出している場合など、早急に矯正治療が必要な場合もある)

●早期治療を受ける場合、子どもの負担がどのくらいかを聞く

(装置の使用は1日にどのくらいの時間装着するのか、通院の頻度など。子どもが嫌がる治療は受けさせるべきではない)

●治療のゴールを確認する

(本格治療が終わった後の歯並び、かみ合わせのイメージを確認する)

●本格治療でうまくいかなかった場合、どうするかの確認もする

(反対咬合の場合、成長期後に外科的な手術が検討される場合がある。その場合、適切な医療機関に紹介してくれるのか、など)

●トータルの費用(矯正治療は基本、自費であるため、高額の費用がかかる)

*  *  *

「矯正治療はその時期で最適な方法がありますので、慌てて考える必要はありません。口腔機能発達不全症についても、気がついた時期から、できることはたくさんあります。心配しすぎず、まずはできることから親子で取り組んでほしいですね」

(取材・文/狩生聖子)