水原容疑者は大谷選手の専属通訳として公私共にサポートしてきたが、裏では大谷選手の口座から不正送金を繰り返していた=2024年3月撮影

「合衆国vs.イッペイ・ミズハラ」と題された37ページの訴状。シェークスピア悲劇を彷彿とさせる「詐欺への伏線」と「違法賭博」の内幕がこの文書から浮かび上がる。大谷翔平選手が水原一平容疑者に約24億5千万円超をだまし取られた舞台裏を米ロサンゼルス在住のジャーナリストが読み解く。

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 大金を大谷選手の銀行口座から何度も違法賭博の胴元側に送金し、それを「チーム大谷」の会計士にも気づかれなかった水原氏。それが可能だったのは、水原氏が不正にアクセスしたのが大谷選手の「チェッキング口座」だったからだ。日本の「当座預金口座」に当たるこのチェッキング口座は、デビットカードや小切手とひもづいており、光熱費や家賃の支払いなどにも使うのが普通だ。

■利子がつかない口座を利用

 チェッキング口座には利子が発生しない。たとえ25億円近い巨額の残高があろうと、1セントも利子がつかないのが特徴だ。

 大谷選手の会計士やファイナンシャルアドバイザーらがこの口座へのアクセスを求めても、水原氏は「利子がつかないから心配ない。大谷選手はこの口座の中身を誰にも知られたくないと言っている」と突っぱねたという証言が、訴状に記されている。

 もしこの口座が日本の普通口座に当たる「セイビングス口座」だったならば、利子がつく。その場合、会計士はもっと粘ったはずだ。利子にも税金がかかり、高収入の大谷選手なら利子だけで年間何万ドルにもなるだろう。利子の収入を申告漏れした場合、IRS(米・内国歳入庁)から調査が入り、最悪、懲罰を受ける可能性がある。大口の顧客相手にそんな失態をすれば、会計士は「チーム大谷」から解雇されるだろう。

 だが、利子がゼロなら、会計士としても強硬に粘る理由はない。この口座は、エンゼルス球団から大谷選手の給料振り込みのためだけに使われており、給与明細さえあれば所得税の計算には事足りる。さらに、会計士との対面ミーティングの時も、水原氏は「大谷選手は体調が悪いから」と言って自身だけが参加した。言語の壁がある以上、水原氏抜きでは大谷選手に接触できなかった。

 一挙手一投足をユーチューバーに撮影され、世界中に向けてその映像を流されているスター選手から「プライバシーを尊重してほしい」と頼まれれば、雇われている側は、それ以上プッシュはできない。

 2018年ごろにアリゾナ州の銀行に大谷選手を連れて行き、口座開設をアシストした水原氏は、チェッキング口座の性質を最大限に利用し、プロの会計士を蚊帳の外に置くことができた。

4月12日に水原一平容疑者が出廷した際に描かれた法廷画。目撃した記者によると、ノーネクタイのスーツ姿で、ズボンがずり落ちそうだったという。現地で取材するベテランの法廷記者は「それは、彼がベルトをしていなかったからだよ。靴ひもやベルトなど、自殺につながる可能性があるものは、当局に身を引き渡した段階で全て取り上げられる。それが決まりだから。だから、ネクタイもなしだった」と話す(AP/アフロ)

■胴元ボウヤーの人たらしぶり

 違法賭博の胴元を務めた容疑で捜査されているマシュー・ボウヤー氏は、水原氏とテキストメッセージを交わす中で「あめ」を上手に与えながら、水原氏を賭博の深みにはめていく。

「あと20万ドルだけバンプしてくれない? ママに誓ってこれが最後だから。必ず払うから」と信用賭けの上限を上げてくれるように懇願する水原氏。ボウヤー氏は「ノープロブレム。都合つけといたよ。メリークリスマス」と返信した。

 バンプとは、違法賭博のスラングで、胴元に対して信用枠による借金の額を上げてもらうことだ。

 さらにその6カ月後に「今度が本当に本当に本当に最後だから、バンプしてくれる?」という要求を水原氏が出すと「都合つけたよ」と即対応した。さらに「自分も同じ問題を抱えてるからな」と書き、涙を流しながら半笑いしている絵文字を付け加えた。“同じ問題”とは、ボウヤー氏自身が違法賭博にはまって破産申請した過去を指すのだろう。

 賭博から抜け出せない気持ちはわかるよ、自分も同じ穴のむじなだから――というメッセージを送って親近感を持たせ、自分が提供する賭博で借金まみれになる客をなぐさめつつ、その懐に入り込む胴元。

 さらに「イッピー、正直に言うけど、毎週月曜に50万ドルずつ必ず返済してくれたら、いくらでも望むだけ都合つけるよ。君が約束を守る人間だってわかってるからね」と伝えている。50万ドルといえば日本円で約7600万円だ。

 日ごろ、大谷選手の通訳兼アシスタントとして、大スター選手の要求を満たすことが仕事の水原氏にとって、自分の要求を即座にのんでくれ、ニーズを満たそうとしてくれる人間の存在は新鮮だったはずだ。

 ボウヤー氏は後に水原氏に対して脅しのテクニックも絶妙に使っているが、何よりもまず「あめ」を与えて客の心をつかんだ。訴状には、ボウヤー氏の客は600人以上だと自ら語ったと記されている。それだけ多数の客をつかんでいたボウヤー氏だが、中でも水原氏は特別扱いされていたかのように見える。

「実は君の損失の半分を、私のポケットマネーからすでに私のパートナーには返済しておいたんだ」。自分が身銭を切っていると恩を着せ、さらに自分以外に別のパートナーの存在があること、このパートナーが力を持っていて、彼を怒らせたくないのだ、というパワーバランスを水原氏に伝えている。このパートナーが実在の人物なのかどうかは訴状には書かれていない。

「すっからかんに負けたよ・・・最後にもう一度バンプしてくれる?」というテキストを水原氏が送る度に「OK np. Done」(「わかった。ノープロブレム。都合付けといたよ」)と簡潔に答え、うるさく詮索しない。ギャンブル依存の心情を知り尽くしたボウヤー氏は「あめ」をコンスタントに与えることで、水原氏にとってなくてはならない存在になっていったことが読み取れる。

■37ページの訴状を書いた捜査官

 水原氏が韓国でドジャース球団から解雇された日からわずか3週間で捜査の詳細を訴状にまとめたのは、IRSの犯罪捜査部門でスペシャルエージェントを務めるクリス・シーモア氏だ。

 訴状の冒頭にこのシーモア氏自身の詳細な自己紹介が書かれている点がユニークだ。

 2001年から現職についており、犯罪捜査官として20年以上のキャリアがある。

 彼のリンクトインのプロフィルの学歴欄には、カリフォルニア州立工科大学ポモナ校の大学院でMBAを取得し、専門は会計学だと書かれている。

 さらに会計と経済・金融捜査の技術を連邦政府のトレーニングセンターで身につけ、マネーロンダリング詐欺、ID窃盗、金融犯罪などの捜査を専門とし、様々な電信サーベイランスの技術や、電話通話やテキストの解析などの捜査方法を駆使するとも書かれている。

 もちろん逮捕権限も持っている。

 また、カリフォルニア州のリバーサイド郡で行われていた投資詐欺の捜査も担当。そのケースでは、犯人に禁錮100年という、郡史上、最長の刑期の判決が出されたことが、彼のリンクトインのプロフィル欄に書かれている。 

 ちなみにFBIの発表によれば、この投資詐欺事件でだまされた被害者たちの被害総額は3500万ドル(約54億円)ほどで、この金額は、今回の大谷選手の被害額のざっと2倍強だ。

 シーモア氏のリンクトインの経歴のスキル欄を見てみると「アンチ・マネーロンダリング」の「トップスキル」と記されている。

 水原氏が大谷選手の口座から不正送金した総額24億5千万円以上が、ボウヤー氏の組織を通してどこに流れていったのかも、当然、シーモア氏は捜査しているのだろう。

(ジャーナリスト・長野美穂=米ロサンゼルス)

※AERAオンライン限定記事