司法取引に応じた水原容疑者(左)=2024年3月撮影

 大リーグの大谷翔平選手の元通訳、水原一平容疑者が銀行詐欺などの罪を認めることに合意し、米連邦検察との司法取引に応じた。米司法省が発表した「アグリーメント」と題された文書には、ショッキングな新事実が列挙されていた。米国在住のジャーナリストが読み解く。

「歯の治療費に6万ドルーーー!?」

 水原氏の直筆の署名が入った合意文書を司法省が8日にネット上で発表すると、「歯の治療費」という言葉が、瞬く間にX(旧ツイッター)のトレンドに上がった。

 水原氏が大谷選手の銀行口座から約1700万ドル(約26.5億円)を騙し取り、違法賭博の元締めに不正送金していた容疑とはまた別に、水原氏が「歯の治療費」と称して、大谷選手から6万ドル(約930万円)を騙し取っていたことが、合意文書に記されていたからだ。

「被告人は、2023年の9月に歯科治療に6万ドルが必要になった」とある。

 昨年9月と言えば、大谷選手が右肘の負傷で、手術を受けていた時期とちょうど重なる。

 文書によれば、当時、大谷選手は水原氏の歯の治療費を個人的に支払うことに同意したとある。

 そして「銀行Bのビジネス用の口座の小切手を使って水原氏にその6万ドルを支払うことに同意した」と書かれている。

 細かい点だが、この大谷選手名義の「銀行Bの口座」というのは、水原氏が不正にログインして胴元側に送金を行っていた大谷選手名義の「銀行Aの口座」とは異なる。

 通常、小切手は、受取人の名前と金額と日付を書き込み、自筆のサインをしてから相手に渡す。恐らく大谷選手もそのプロセスを踏んで、自筆でサインした小切手を水原氏に手渡したのだろう。

 だが、水原氏は歯科医師のオフィスには「銀行Aの大谷選手の口座のデビットカード番号を伝えて、6万ドルの治療費を払った」とある。

 銀行Aのデビットカードを仮に大谷選手本人が保管している場合でも、カード番号とカード裏のセキュリティー番号さえわかれば、治療が全て終わった段階で、水原氏が歯科医師のオフィスに電話をかけて、口頭でその番号を伝えれば、カード決済は簡単にできてしまう。

 そして、カード決済が終わったタイミングで、水原氏は自分の銀行のチェッキング口座に、この小切手をデポジット(入金)し、6万ドルを着服したというわけだ。 

米司法省がネットに発表した合意文書の一部。水原容疑者の直筆の署名がある

 日本のような国民皆健康保険がないアメリカでは、歯科治療費は高額になり得る。さらに、アメリカでは医療保険と歯科保険は別々に購入しなければならないため、月々の保険料がかさんでしまう。

 ちなみに、エンゼルス球団の求人広告を見ると、フルタイム勤務の人材募集には「医療保険、歯科保険、眼科保険完備」と書かれている。

 通常、企業の正社員の場合、保険は勤務先の企業が契約している保険会社のものを利用できるため、当時エンゼルス球団に雇われていた水原氏も、エンゼルス球団が契約している歯科保険を使えた可能性がある。

 歯科保険は、PPOやHMOなど、どの種類を選ぶかで月々の保険料の支払いが異なる。また、歯科保険会社の独自ネットワーク以外の歯科医にかかれば、保険でカバーされる割合はぐっと少なくなり、自腹で払う分が増えるしくみだ。

 また、歯科保険には年間に使える上限の金額が設定されており、例えば「年間5千ドルを超えた場合の治療費は全額、患者もち」などという縛りがある。

 さらに、歯科保険会社が「この治療は必要ない」と判断した場合は、治療費がカバーされないこともあり、保険会社と患者の交渉バトルは日常茶飯事だ。

 よって、ネットワーク外の歯科医師を選んで、一気に多くの歯を集中的に治療してもらい、保険会社が認めなかった治療法を含んでいる場合などは、930万円という高額な請求書が来ることもあり得る。

 すでに銀行Aの大谷選手のチェッキング口座の登録連絡先を自分の電話番号とメールアドレスに変更していた水原氏だが、この合意文書では「銀行Aに自分で合計24回ほど電話をして、そのたびに、自分は大谷選手だと名乗っていた」と記されている。

 24回というのは、驚愕の回数だ。

 電話で大谷選手になりすますことが、すでに日常と化していたとも言える。

 さらに合意文書によると、大谷選手が水原氏によって盗まれた「16,975,010ドル」(約26.5億円)を全額、大谷選手に賠償することを水原氏は受け入れたという。

 刑務所の中で服役しながら、一体どうやってそんな大金を工面できるのだろうか。

 この「銀行詐欺」の罪の他に、もうひとつの罪が今回明らかになった。それが「米税務署に虚偽の確定申告をしたこと」だ。

 合意文書によれば、水原氏は2024年の2月1日ごろ「2022年の個人所得税申告のためのタックスリターン」を米国税務署(IRS、内国歳入庁)にファイル(申告)している。

 アメリカ国内での所得がある人ほぼ全員に義務づけられるこの確定申告は、「虚偽の申告をした場合、罰を受けることを理解している」という欄に署名をしなければ、ファイルすることができないしくみだ。

 水原氏は2022年1年間の所得を13万6865ドル(約2100万円)だと申告しているが「実際の所得はこの数字よりはるかに上だったことを被告は認識していた」と同文書に書かれている。

 さらに驚くべきことに、「既婚」の水原氏は、本来ならば5000ドルの控除を受ける身だったにもかかわらず、自らを「独身」と偽って申告し、1万ドルの控除を受けていたことも明らかになった。

 独身だと偽っていたということは、会計士などに依頼せず、自分でパソコンに打ち込んで申告したということかもしれない。

 また、大谷選手の口座を使った不正送金スキームによってその年に騙し取っていた「410万ドル」(約6億3900万円)の所得を申告していなかったことも水原氏は認めている。

 この虚偽申告によって発生する追徴金(利子と罰金は含まれていない)は1,149,400ドル(約1億8千万円)だと記されている。

 量刑は「銀行詐欺」が最長で禁錮30年、そして「虚偽の確定申告」が最長で禁錮3年だ。水原氏がすでに有罪を認める司法取引に合意していることや、犯罪歴がないことなどを裁判官が考慮して、どこまで刑期が短くなるかが、今後の注目点だろう。

 また、合意文書には「米国市民でない場合は、国外退去を命じられ、将来、米国市民になることも、再びアメリカに入国することも認められないはず」という内容の表記がある。もし国外退去が命じられるとすれば、タイミングはいつなのだろうか。

 司法取引に詳しい、ニューヨーク州の元連邦検事補のジョシュア・ナフタリス氏は「水原の場合は、米国で刑期を終えてから、国外退去を命じられるだろう」と分析する。

 幼少の頃からアメリカで育った水原氏が、米国籍を取得していなかったと初めて知って驚く米国人は多い。

 これまでバイリンガルであることを武器に米国で移民として生きてきた水原氏。重罪の刑期を終える頃には、一体、どこでどう生きていくのだろうか。

(ジャーナリスト・長野美穂)

※AERAオンライン限定記事