サッカー部の練習(写真と本文は関係ありません)

 『何が教師を壊すのか』(朝日新書)は、学校の先生が直面する数多い問題に、リアルな現場の声をもとに迫っている。教員の長時間労働の主因とされる部活指導の過酷さを訴える赤裸々な声を、同書から一部を抜粋して解説する。

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■ 想像を絶する部活指導の現実

 部活指導の負担の実態はどのようなものか。現場の教員に取材すると、想像を絶する現実が浮かぶ。毎月の残業は100時間オーバー、完全に休めるのは月に1日。 

 日曜日、午前6時半。ある公立高校のグラウンドに、30代の男性教諭の姿があった。サッカー部の副顧問。地域の大会が自校で開かれるため、準備のために出勤したのだ。同年代の正顧問と一緒に得点板を出し、ボールを点検する。他校の先生や生徒のため、飲み物も用意する。

 試合では審判も務め、90分間走り回る。けが人が出ないよう細心の注意を払い、生徒が痛がれば駆けつける。ハーフタイムにはボールの消毒があり、水分補給にも目を配る。終わった後は片付けに追われる。夕方までほぼ休憩はなく、終わる頃にはくたくたになる。翌日には授業が控えている。 

 男性の高校は設備が整い、試合が頻繁に開かれる。そのたびに10時間近く働くが、手当は5300円。時給にすると、600円に満たない計算になる。「これだけやっているのに、さすがにおかしい」と感じる。

 文部科学省が禁じているはずの残業月100時間を毎月のように超える。そんな長時間労働の実態だ。例えば、2021年6月。男性が完全に休めたのはたった1日だった。

 新人戦、インターハイ、選手権、クラブチームも参加するリーグ戦……。高校サッカーは、季節に関係なく試合がある。多くは日曜日で、試合前日はフォーメーションの確認などのため、必ず練習がある。試合のある週は、土日とも出勤することになる。夏休み中も試合が続き、土日どちらかは休むようにしたものの、連休はお盆前の3日間だけだった。

 部活指導の魅力もあると思う。 

 大会で勝って生徒とともに味わう達成感は何ものにも代えがたいし、頑張る生徒を応援したい思いも強い。20年に3年生の最後の大会が新型コロナウイルスの影響で中止になったときは、一緒になって本気で悲しんだ。

 ただ、最近は疑問を感じることも増えてきた。20年3月から3カ月ほどの一斉休校では部活がなくなり、少しだけ休むことができた。教員を10年以上やって、5月の大型連休をまるまる休めたのは初めてだった。

 だが21年になると一転、緊急事態宣言下でも練習することになった。教育委員会が、試合の2週間前は活動できる方針を示したからだ。常に試合があるサッカーでは、ほぼ制限がないに等しかった。分散登校の際には、授業のない一部の生徒を夕方に登校させてまで練習した。「感覚がまひして、慣れっこになってしまっている」という気もする。

■ やりたい授業があるのだが

 教員としての本来業務も決して楽ではない。社会科を週に18コマ教える。受験する高3生の授業もあり、空きコマは予習に追われる。本当は生徒が主体となって議論したり、考えさせたりするような授業を多くやりたい。だが、なかなか踏み込めない。やろうとすると準備により時間がかかるからだ。 

 放課後は、毎日のように様々な議題の会議がある。

 今年度から配られたタブレット端末の閲覧制限などのルールづくり。

 学校の生徒募集の今後について。

 社会科全体の授業方針の確認。

 それぞれ、事前に資料づくりも必要になる。

 教えている教科について、生徒から質問がくることもある。成長がうれしくて、長時間対応することもある。平日夕方の部活は基本、生徒に任せているが、生徒からの相談やけが人があれば、グラウンドにも出ていく。結局、退勤は午後8時ごろになる。

 管理職は会議などでたびたび、時間外労働を減らすよう呼びかける。だが、出退勤時にタイムカードを押すと、自然と残業は月100時間を超える。そのたび、自治体の産業医が面談のため、学校にやってくる。100時間を超えると受けなければならない決まりだからだ。やるべき仕事が多く、正直、その面談に費やす時間さえも惜しい。

 一つだけ印象に残っているやりとりがある。時間外労働の大半を部活が占めることを説明すると、産業医からこう聞かれた。

 「先生方は、何で部活動を勤務時間内にやらないんですか?」

 自分もなぜなのか知りたい。そんな言葉をのみ込みつつ、「本当ですよね」と返した。相談後も、現状はあまり変わらなかった。

 文科省は19年に出したガイドラインで、時間外勤務の上限を「月45時間、年間360時間」と決めた。特別な事情でやむを得ない場合でも、「過労死ライン」とされる月100時間を超えないよう明示した。ただ、ガイドラインが出た後も、抜本的な改善には至っていないとの指摘は根強い。

 東京都教育委員会によると、都立高校で時間外労働が月80時間を上回った教諭は19年 10月が6.9%だったのに対し、20年10月には10.2%とむしろ増えていた。

 生徒の思いに応えたい。もう一人の顧問の負担を少しでも軽減したい。男性教諭は、そんな思いで、自分にできることは全力でやってきた。でも、交際している女性と会う時間もほとんどなく、相手からの理解も得にくくなっている。結婚したり、子どもが生まれたりしたらどうなるのか。そんな不安もよぎる。

 自分の将来像を、描けずにいる。