県内でも有数のお茶の産地として広く知られる県北東部、国東(くにさき)半島の南部に位置する杵築市(きつきし)。温暖な気候、守江湾を見下ろす山間部の寒暖差や土質など、お茶づくりに適した条件が揃っています。 今回訪ねたのは、そんな杵築の地で江戸時代中頃に創業し、280年以上お茶一筋に伝統の技と心を受け継ぎ、その歴史を刻み続けている〈お茶のとまや〉です。
代々受け継がれてきた、お茶どころで親しまれる銘茶
杵築城を中心に南北の高台には武家屋敷が建ち並び、その谷間に広がる「商人のまち」に〈とまや〉をはじめ、味噌蔵や履物屋など古くから続く商家が点在しています。今もなお江戸時代の風情が色濃く残る城下町に佇む〈とまや〉の純木造建築は、ひと際目を引きます。
〈とまや〉の店舗兼主屋は1875年(明治8年)に建築され、伝統的な町家の建築様式の姿を残しており、2018年(平成30年)には杵築市で初めて国の登録有形文化財に登録されました。
「〈豊国一〉は〈とまや〉独自の茶名。深蒸しで仕上げているのでうまみ、まろやかさ、爽やかさをバランスよく感じられるところがおすすめです。〈杵築城〉は深みのある香り高い上品な味わいが特徴。文字通りお茶どころ杵築を代表する逸品として地元の方はもちろん、観光客の方々にも人気です。市によって〈杵築ブランド〉(杵築市の地域資源や地域特性を生かした優れた産品)にも認定されているんですよ」
黒い茶壺は〈信楽焼(しがらきやき)〉。湿気が入りにくく、味や香りを損なわずに貯蔵することができるので、当時とても重宝されていたそう。製造されたお茶は茶壷に詰められ、冷暗所の土蔵で湿気と高温を避けて貯蔵。今でいう冷蔵庫のような役割を果たしていたのだとか。
今はもう使われていないという茶壺ですが、〈とまや〉の歴史の深さを物語るのに欠かせない存在。店内には茶壺のほかにも江戸時代から受け継がれてきた道具類が数多く展示されています。
歴史を遡ると、古い時代にはお茶と共に乾物や海産物商店などを営んでいたそう。その後、現在のように茶業が主力となったのは江戸時代の後期。当時、釜炒り茶が主流だった九州地域において、宇治の茶問屋と交流があって、貴重な宇治茶の取引で特約店の契約を結び、店は大繁盛。以来、時代と共に変化を続け、その時々の最良のお茶を扱いながら、今に至るといいます。
「現在お店で使用している茶箱は湿気に強い木製。さらに内側には、湿気がこもらないようにブリキが貼ってあります。茶葉は湿気が大敵なので、味や色の劣化を防ぐために欠かせないものです」
江戸時代から大切にしてきた、お茶へのこだわりと歴史の味
長きにわたって受け継がれてきた茶葉への目利きと製茶の技術でつくり上げられた煎茶。ひと口飲むと、濃厚なうまみが口いっぱいに広がり、爽やかな渋みが喉を通り抜けます。そんなお茶のお供として愛され続けているのが落雁〈豊生〉です。江戸時代に6代目当主の妻がつくり上げた味を忠実に再現し、日常で食べられるのはもちろん、おもてなしや慶弔行事の引き出物としても親しまれてきました。
一度生産を中止していましたが、1987年(昭和62年)、店の前面の道路拡幅工事によって曳家(建物を解体せずにそのまま移動すること)を余儀なくされ、築130年の復元・改修を行った際に記念として復刻。当時から落雁〈豊生〉のファンは多く、お客さんからの「ぜひ商品化してほしい」という声が後押しになったそう。
280年以上続く伝統、ゆかりの品々を受け継ぎ、日々積み重ねながら〈とまや〉の歴史と共に歩んできた佐和さんに、今後の展望についてうかがいました。
「小さい頃は店が遊び場で、高校生の頃から本格的に手伝うようになり、〈とまや〉と共に育ってきました。ここまで長く続けてこられたのは、今あるものを守り続けることを大切にしてきたからだと思っています。最近は急須でお茶を入れる習慣がない方も増えていて、普段忙しくておいしいお茶をゆっくり飲むということ自体が特別なことになってきていると感じます。だからこそ、『杵築の〈とまや〉に寄れば、いつでもおいしいお茶を飲める』と、訪れた人がほっとひと息つける、そんな安心できる場所になっていたらうれしいですね」
地元の人はもちろん初めて訪れた人も、まるでふるさとに帰ってきたかのような居心地の良さでついつい長居してしまうのは、常に先代の知恵を重んじ、伝統を受け継ぐお茶へのこだわり、おもてなしの心を第一に考えてきたから。そんな江戸時代から続く歴史と文化の継承こそ、お茶どころ杵築で〈とまや〉が長きにわたって愛される理由なのかもしれません。
address:大分県杵築市新町385
tel:0978-62-2139
access:JR杵築駅から車で約10分
営業時間:9:00〜19:00
定休日:元日
web:お茶のとまや公式ホームページ
*価格はすべて税込です。
credit text:大西マリコ photo:黒川ひろみ