現在放送中のNHK大河ドラマ『光る君へ』。吉高由里子さん演じる主人公・紫式部を中心としてさまざまな人物が登場しますが、『光る君へ』の時代考証を務める倉本一宏・国際日本文化研究センター名誉教授いわく「『源氏物語』がなければ道長の栄華もなかった」とのこと。倉本先生の著書『紫式部と藤原道長』をもとに紫式部と藤原道長の生涯を辿ります。

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方違の男

『紫式部集(むらさきしきぶしゅう)』に少女時代の恋愛に関する歌が見られないからといって、結婚するまで紫式部に恋愛沙汰がまったく存在しなかったかというと、そういうわけでもないようである。

『紫式部集』には、紫式部が詠んだすべての歌が収録されているわけではないし、紫式部が結婚前の恋愛沙汰をすべて封印したかったのかもしれないのである。

恋愛沙汰をほのめかしている唯一の事例として、「方違(かたたがえ)(忌避(きひ)しなければならない方角を避けて他所に移ること)に為時邸にやって来た人が、「なまおぼおぼしきこと」(真意のわかりかねる言動)があって、帰ってしまったその朝早くに、こちらから朝顔の花を送ろうと思って」という詞書(ことばがき)の後に、つぎの歌が収められている。

「おぼつかな それかあらぬか あけぐれの そらおぼれする 朝顔の花」
(どうも解しかねます。昨夜のあの方なのか別の方なのかと。お帰りの折、明けぐれの空の下でそらとぼけをなさった今朝のお顔では)

紫式部姉妹の部屋に忍んで来て、真意のわかりかねる言動があって帰った翌朝に、姉妹から朝顔の花を送って歌いかけた歌というのである。