今年3月から実写化ドラマシリーズがネットフリックスで独占配信されているSF「三体」。20カ国語以上に翻訳され、累計発行部数約3000万部とされるベストセラーになったこの作品を書いた中国のSF作家・劉慈欣(リウ・ツーシン)さんは、地球外知的生命体についてどう考えるのでしょうか。劉さんがオンラインで、インタビューに応じました。(聞き手・構成 西村大輔)

宇宙には地球に似た惑星が膨大にあります。宇宙のどこでも物理法則に違いはない以上、地球で生命が誕生したのであれば、地球外知的生命体は必ず存在するはずです。

とはいえ私自身は、異星人も未確認飛行物体も見たことはありません。異星人を目撃したと確実な根拠をもって証明できた人はまだいません。それでもなぜ人類は地球外文明に飽くなき好奇の目を向けるのでしょうか。

人類が遭遇したことのない「他者」

私は、哲学の「他者」という概念に思いをはせます。人類が存在するのと同時に、自我もあり、我々を超える知力をそなえているかもしれない「他者」がいるとします。人類は歴史上、このような「他者」に遭遇したことはない。もし出現したら、人類の全ての文明が完全に変容してしまうかもしれません。

異星人には遭遇していないものの、人類は人工知能(AI)という「他者」を生み出しつつあります。いずれ自我を持ち、人類を超えた知能を持つ可能性さえある。この「他者」は人類の文明に大きな影響を与えるでしょう。

数年前、AIが囲碁で世界最強の中国人棋士を打ち負かしました。その棋士は非常に示唆に富むことを言いました。人類には数千年にわたって蓄積した実戦経験と理論の進化がある。それが一夜にしてすべて間違っていることがわかったのだと。地球外生命体が現れたら、人類の社会、科学、文化がすべて否定されるかもしれないとすれば、恐ろしいことです。

それでも地球外文明を探す意義は極めて大きい。その文明は、人類とまったく異なる道筋をたどって進化し、生活環境も科学や文化も我々とはまるで違う可能性があります。人類をはるかにしのぐ先進的な技術に触れることができるかもしれません。たとえわずかなヒントでさえ、私たちの技術レベルを飛躍的に発展させるかもしれないのです。

ただ、彼らと接触するにあたっては最悪の可能性も頭に入れておかなければなりません。親は子に「知らない人が来たら門を開けてはいけない」「知らない人と話をしてはいけない」と注意するものです。哲学を持ち出すまでもない常識だが、地球外生命体の探索になると、こんな常識でさえ議論がかみ合いません。

地球外文明と接触したら何が起こるかを推測するには、先進的な技術を持つ文明が発展途上の文明と接触した際の人類の歴史が良い例になります。かつて北米大陸の主はネイティブ・アメリカンでした。欧州文明と遭遇して以降、多くの土地を奪われ、自らの文明はわずかな居留地の中に追いやられてしまいました。


地球外文明が私たちに接触してきた場合、相手がより先進的な技術を有していることは間違いありません。彼らは悠遠な距離を超えて地球にたどり着いたけれど、私たちにはそれが出来ないからです。歴史の教訓から、地球外文明との接触は相当用心深くしなければならず、ましてや宇宙に自分たちをさらけ出してはなりません。宇宙に向かって大出力で信号を送るようなことは慎んだほうがよいでしょう。

宇宙全体を覆う普遍的な価値観や道徳規範があるのかはわかりません。もしかしたら、宇宙にはそんなものなど存在しないかもしれません。遭遇した異星人が持つ価値観や道徳規範が人類とは全く異なるものだとしたら、非常に恐ろしいことです。これは私がSF小説「三体」で描いた世界です。

いま世界各地で紛争が起きているが、もし強力な地球外文明による侵略の危機に直面したら、人類は団結できるでしょうか。遭遇した地球外文明の強さや技術レベルが私たちと同程度か、上回っていてもその差があまり大きくなく、打ち勝つ希望があるならば、全人類は強烈なアイデンティティーを意識し、一致団結して地球を守るでしょう。

でも、石器時代の原始人が現代人に歯が立たないのと同様に、異星人の技術力や軍事レベルが人類をはるかに凌駕(りょうが)する場合、自らの生存確保を第一に考え、異星人と妥協をする国や集団が現れるかもしれません。

人類と地球外文明が友好的な関係を築く物語を

とはいえ、こうした仮定はすべて、私たちが宇宙人と意思疎通できる前提のもとに成り立っています。実際は、アリと人間が互いに理解することができないように、異星人と私たちの間にあまりにも大きな隔たりがあると、互いにまったく理解しあえない可能性が高いのです。

ただ、もし私が新たな小説を書くとすれば、「三体」で描いた恐ろしい世界とは異なる物語を書いてみたい。人類と地球外文明が友好的な関係を築き、そのおかげで我々の文明が大きく発展するような物語です。

人類はかつて、すべてを超越した神という存在を考え出し、現在は自らの手でAIを生み出しつつあり、未来に向けて地球外知的生命体を探しています。人知が及ばぬこうした「他者」は、人類の姿を照らし出す「鏡」のような存在であり、私たち自身を深く理解することにもつながります。我々が「他者」に強い関心を抱くのは自然なことなのです。

劉慈欣(Liu Cixin/リウ・ツーシン)

1963年生まれ。中国山西省出身。2015年に長編SF小説「三体」(全3部)で世界的なSF文学賞・ヒューゴー賞をアジア人として初めて受賞した。「三体」は20カ国語以上に翻訳され、累計発行部数約3000万部とされるベストセラーになった。もう一つの代表作「流浪地球」は2019年に映画化され、中国史上初のSF大作として記録的ヒットになった。今年3月から「三体」の実写化ドラマシリーズがネットフリックスで独占配信されている。