1960年代から2000年代初頭まで、50年の長きに渡って躍動した杉原輝雄。小柄な体、ツアーでは最も飛ばない飛距離で、当時トーナメントの舞台としては最長の距離を誇る試合で勝ったこともある。2打目をいちばん先に打つのだが、そのフェアウェイウッドが他の選手のアイアンより正確だった。ジャンボ尾崎が唯一舌を巻いた選手で、「マムシの杉原」、「フェアウェイの運び屋」、「グリーンの魔術師」「ゴルフ界の首領(ドン)」と数々の異名をとったのも頷ける話だ。「小が大を喰う」杉原ゴルフ、その勝負哲学を、当時の「週刊ゴルフダイジェスト」トーナメント記者が聞いた、試合の折々に杉原が発した肉声を公開したい。現代にも通用する名箴言があると思う。

生きる力を猫が教えてくれた

ーー「瀕死の猫が必死に生きようとする姿見てたら、ガンごときに負けてたまるかという気になりましたわ」

あれは前立腺ガンを告知されて間もない頃でした。近所で車に轢かれて息の絶え絶えになっている猫がいたんです。それで家に連れてきて、救急車呼んだら、ダメ、もたんと宣告されました。

それでもあきらめきれずに、近くの動物病院に連れていったら、何とか助かったんです。しかし、腹を押してやらんと、自分でうんこもできんし、後ろ脚を轢かれたために動く時には前足で引きずって歩くことしかできません。それでも少しでも前へ歩こうと一生懸命生きてる。この生命力を目の当たりにすると、猫でさえ、こんなに懸命に生きてるやないか、ガンなんかに負けてたまるかと思ったんです。

これは後で聞いて知ったのですが、ちょうどその頃、PSAマーカー値が上がって医者から嫁さんには強く手術をすすめられていたんですよ。しかし、その猫をみていて、手術は断じてすまい、抗男性ホルモンを投与しながら現役を続けようと思ったわけです。もし猫がいなかったら、手術を受けていたかも分りません。そしたら、今頃現役は続けていられなかったでしょうね。

プロ生活50年の間にはさまざまの人と出会い、応援してくれる人も大勢いました。下積みの時に出会えた人とは今でもお付き合いさせてもらっています。用具用品メーカーも相手がノーと言わん限り、自分から契約を切ったことはありません。縁を大事にしたいからです。

この猫、ボクにとっては守護神ならぬ、守護猫でした。縁があったのでしょう。それ以来、我が家では町じゅうの野良猫、全部来いいうことで、朝、庭で餌をやるのがボクの日課になりました。

「反省」はしても「後悔」はするな

ーー「後ろを振り返るのが後悔。前につなげようとするのが反省。後悔したって始まりませんわ」

ゴルフは間違いなく、ミスをいかに少なくするかのゲームです。ゴルフに完璧はないんです。宮里藍ちゃんの先生、ピア・ニールソンいう人は「54ビジョン」とかいう概念で、18ホールを全部バーディで、のスコアを目指していますが、まだ誰も達成していませんやんか。

つまり、ゴルフにミスはつきもの。そのミスを後悔していつまでも引きずるのは、マイナスでしかないいうことです。そりゃ誰でもミスはいやなもん。大事なときに出れば、悔しいもんですよ。よくミスショットをしてクラブで芝を叩いている人を見かけますが、そうやったところで、ミスショットがナイスショットに変わりますか、といいたい。その試合のためにコースは1年も前から芝を養生させているのに、傲慢な行為ですわね。芝を叩く前に自分の頭を叩けといいいたいですわ。

少し話がそれましたが、打った球はもう取り返しがつかんのです。覆水盆に帰らず、です。反省は必要でっしゃろ。反省は省みたことを次に生かすことと、ボクは解釈しています。後悔は失敗を嘆くことやろ。嘆きからは何も生まれません。自分の弱さを慰めているにすぎません。ボクはミスしたら、仕方ないと反省して、次のショットに神経を集中させますのや。

そもそもアマチュアはハンディというものがあるではないですか。ハンディ10の人は10回もミスを許してくれるんです。それを1回のミスで、くよくよする。くよくよする前に、これからのショットのことに頭を切り替えるべきなんです。

文/古川正則(ゴルフダイジェスト特別編集委員)

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