【科学が証明!ストレス解消法】#164

 言葉というのは、使い方によって物事の印象を変えてしまう力を持ちます。たとえば、事故の映像を見て、それを第三者に伝えるとき、「激突した」と伝えたときと、「当たった」と伝えたときでは印象が大きく変わると思います。前者は、大きなクラッシュを想像しますが、後者は普通の事故を想像するのではないでしょうか。

 言葉一つで、他者に与える印象は変わってしまう。それを示す、心理学者のハリスが行った実験(1973年)があります。

 実験の参加者には、バスケットボール選手を見てもらい、その人の身長がどれくらいだったかを答えてもらうというシンプルなものです。ただし、質問する際の言葉のチョイスをグループによって変えました。

 Aグループの人たちには、「バスケットボール選手の背の高さはどれくらいでしたか?」と聞き、Bグループの人たちには、「バスケットボール選手の背の低さはどれくらいでしたか?」と聞きました。その結果、両グループの間でなんと平均で30センチも開きが生じたといいます。同じ人を見たはずなのに、Aグループは2メートルの大男という印象を持ち、Bグループは170センチ程度の印象を覚えた。もはや別人かと見まがうほど、双方の印象が異なっていたというわけです。

 では、これが事件だったらどうなるでしょう? もし、何らかの事件の捜査の途中で、誰かが意図的に「低さ」のような言い回しで質問をしたら──。犯人に関する目撃者の印象も変わりかねないということです。

 目撃者は事件の犯人のことを、「犯人は170センチくらいでした」と言っている。しかし、実際には2メートルの被告人が法廷にいる。皆さんが裁判員だったら、“目撃者が見た犯人”と“法廷にいる被告人”は別人だと思うのではないでしょうか。

 こうした言葉のトリックは、「前提」にあります。高さは普通の聞き方で、「あなたの背の高さはどれくらいですか?」と聞くのは、背が低い人にも高い人にも当てはまる言い方です。しかし、低さで聞くと、背が低いことが前提となります。

 前提を含んだ言葉は、人の判断や印象の形成に大きな影響を与えてしまいます。考え方によっては、誘導できてしまうとも言えます。「京都への旅行は遠いですか?」と聞かれれば、「遠い」と感じるし、「京都への旅行は近いですか?」と聞かれれば、不思議と「近い」と思えてしまう。何をもって前提の言葉とするかは、とても大事なことなのです。

 ひるがえって、このトリックをポジティブに利用してみてください。感謝を伝えるとき、相手をほめるときなどは、良い前提の言葉をチョイスするようにしてみてください。もちろん嘘をつく必要はありません。しかし、どちらとも取れる場合、たとえば定刻通りに仕事を終えた同僚や部下がいるなら、「スマートに仕事を終われたね」と言葉を選べば、双方ともに気分が良いはずです。ネガティブな言葉の前提をつくらない。それこそストレスフリーへの近道なのです。

(堀田秀吾/明治大学教授、言語学者)