高齢化や労働力不足が懸念されていた臼杵市の農業界で、次世代へつなぐ「持続的な農業」を実現するために、市を挙げて有機農業への挑戦をスタート。新規就農者の増加や、市民意識の高まりの背景には、独自の「食文化」がある。

掲載:2024年3月号

大分県臼杵市の臼杵城跡大分県臼杵市(うすきし)
大分県南部に位置する臼杵市は、海、山、川が近く、生活の利便施設が集約したコンパクトで暮らしやすいまち。城下町の風景が日常にあり、今と昔が融合したような雰囲気が魅力的だ。待機児童ゼロで子育てサポートも充実していることから若い世代の移住者が増えている。人口は約3万5000人。大分空港から車で約1時間30分。

有機農業の積極導入で、持続可能な社会を実現

 農業従事者の高齢化や労働者不足が課題だった臼杵市。持続可能な農業を目指して、2002年に「臼杵市環境保全型農林振興公社」を発足。農家から依頼を受け、稲わらの有効活用や堆肥散布作業などを請け負い、農業を下支えする意識が高まり始めた。

 05年には有数の農業地である旧野津町(のつまち)と合併。同様に高齢化が深刻だった旧野津町との合併を機に農家へのサポートが加速するなか、有機農業を営んでいた農家の考え方に市長が賛同。「野菜本来の味がする、おいしくてからだに優しい農産物を広めたい」という市長の思いから、「有機の里うすき」の取り組みが始まった。

 真っ先に取りかかったのが土づくりだ。良質な土壌に欠かせない完熟堆肥を製造する「臼杵市土づくりセンター」を開設。草木類の割合が多く、自然の腐葉土に近い堆肥「うすき夢堆肥」の製造を開始した。「よい堆肥を使うと土着菌が活発に働き、作物が育ちやすい環境になります」とは臼杵市政策監の佐藤一彦さん。人や作物に優しい環境が整うことはもちろん、草木類由来の堆肥という点も、循環型農業として高く評価されている。

「うすき夢堆肥」などの完熟堆肥を使い、化学肥料や化学合成農薬を使わずに育てられたものを「ほんまもん農産物」に認証する制度をスタート。市長が認める地域認証で、現在約50軒の農家が認証を受けている。

 臼杵市では20年以上前から学校給食に地元の野菜を使う「給食畑の野菜」という活動にも取り組んでいて、「子どもや孫によい野菜を」と市民の意識が高かったことも、有機農業が広まった要因の1つだ。技術研修会を実施したり、有機農業で就農を目指す人材を地域おこし協力隊で募集したりと、行政と生産者が一体となって有機農業を推進した。

大分県臼杵市の臼杵市土づくりセンター
「おいしい作物が育つ畑づくりは、よい土づくりから」という考えのもと、自然の腐葉土に近い堆肥をつくるために2010年に完成した「臼杵市土づくりセンター」。

気温や湿度管理を徹底してつくられる「うすき夢堆肥」(大分県臼杵市)
気温や湿度管理を徹底しながら大型機械で混ぜ続け、約6カ月をかけて完成する「うすき夢堆肥」。通常の堆肥とは異なり、草木類の割合が高いのが特徴。

臼杵市長が認証する「ほんまもん農産物」(大分県臼杵市)
臼杵市長が認証する「ほんまもん農産物」は、化学肥料と化学合成農薬の使用を避け栽培された農産物。野菜が持つ本来の味をしっかり感じることができると、市内外の飲食店の料理人からも選ばれている。

 市が環境を重視する背景には独自の食文化もある。江戸時代、質素倹約が求められるなかで生まれた料理は、郷土料理として伝承されている。また、地形の特徴からミネラル分を多く含む水が豊富で、この水を使った醸造や発酵の産業が発展。酒、味噌、しょう油の老舗が現代も市民の食卓を支えている。

 美しい水を守るために、「水源涵養の森づくり」として森林整備にも以前から力を入れ、地域産業の持続性を保つ取り組みが行われてきた。環境保全、有機農業の推進、食文化の継承など市全体の取り組みが評価され、「ユネスコ食文化創造都市」に認定。住民の地元に対する誇りが一層高まり、地域活性化はますます加速しそうだ。

大分県臼杵市で発展した発酵・醸造文化から生まれた日本酒づくり
ミネラル豊富な水に恵まれた臼杵市で発展した発酵・醸造文化から生まれた酒。現在4社の酒蔵があり、それぞれが趣向を凝らした酒造りを続けている。

大分県臼杵市の郷土料理「茶台寿司」。身近な野菜を豪華に見せる工夫がなされている
江戸時代の質素倹約の文化のなかで生まれた「茶台(ちゃだい)寿司」は、身近な野菜を豪華に魅せる工夫がなされている。彩りあざやかな、臼杵市を代表する郷土料理だ。

大分県臼杵市の「黄飯(写真左)」と白身魚と豆腐やダイコンなどを煮た「かやく」。どちらも倹約料理
クチナシの実で黄色く色付けした「黄飯(おうはん)」(写真左)。エソなどの白身魚と豆腐やダイコンなどをしょう油やみりんで味付けして煮込んだ「かやく」。どちらも倹約料理で、黄飯にかやくをかけて食べるのが通。

臼杵市のSDGsここがすごい

有機農業や質素倹約の文化など、地域にとっての当たり前がSDGsに!

●草木で堆肥をつくる、自然を無駄にしない地産地消の有機農業
●地域資源を活かした産業が広がり、地域活性へ
●2021年「ユネスコ食文化創造都市」に認定
●江戸時代から根づいた質素倹約の文化が今も人びとの軸にある


「環境、食、人と、魅力満載の臼杵市は、豊かな暮らしが送れるまちです」(臼杵市産業観光課食文化創造都市推進室 堤 大地さん)

臼杵市のここがオススメ!

平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫られたと伝わる国宝「臼杵石仏」(大分県臼杵市)
平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫られたと伝えられる「国宝臼杵石仏」。近隣には公園が整備され、蓮の花の名所としても有名。

大分県臼杵市の観光スポット「二王座歴史の道」
阿蘇山の火山岩が凝固した丘を削ってつくられた「二王座歴史の道」は臼杵市を代表する観光スポット。武家屋敷や寺院が立ち並ぶ風情あふれる風景は、市民の日常。

臼杵市移住支援情報
長期滞在で地域を体感できる移住お試しハウス

 2023年6月にオープンした移住お試しハウス「ほっとさんの家」は、4DKの広々とした平屋。若年・子育て世代を対象に、最長6泊7日まで利用可能。1組1泊2000円と利用者の負担も軽減。臼杵市のリアルな暮らしを体感しながら、仕事や住まい探しの相談もできる。

お問い合わせ:臼杵市地域力創生課 ☎︎0972-63-1111(内線2304)
うすき暮らしナビ (usuki-job.com)

大分県臼杵市の移住お試しハウス「ほっとさんの家」
「ほっとさんの家」は、オール電化でWi-Fi利用可。主な家電や自転車2台などは備え付けられている。


「ほっとさんの家」は利用者増加中です! お気軽にお問い合わせください」(臼杵市地域力創生課定住促進グループ 山下竜将さん)

文/黒木ゆか 写真提供/大分県臼杵市

大分県でかなえたスローな暮らし
自給自足を実践しながら、古民家で民泊も開始【大分県国東市】

大分県国東市の移住者
沖田直美(おきたなおみ)さん(61歳)
地域の人に親しまれる城山亭にて沖田さん。城山亭は「国見ふるさと展示館」に併設されている。

 東京で日本語教師をしていた沖田直美さんは、憧れていた田舎暮らしをしようと移住先を検討。穏やかな空気に包まれた国東半島にひかれ、2021年に国東市へ。

 現在は地産地消にこだわる食事処「城山亭(しろやまてい)」で働きながら、自身も野菜づくりに取り組んでいる。併せて自宅の古民家と離れをDIYで改修し、農村民泊も始めた。

「宿泊客と一緒に野菜を収穫し、庭につくった窯で調理なども楽しめればと考えています」と沖田さん。

 自給自足の暮らしの実践だけでなく、ロケットストーブの燃料に廃材を活用するなど、環境に優しい暮らしを心がけているそう。

大分県国東市の移住者が始めた農家民泊
自宅の古民家と離れを和モダンに改装し、外国人などを対象とした民泊としても活用。

国東市移住支援情報

 2023年秋に鶴川商店街周辺観光・交流拠点施設がオープン。旧医院をリノベーションしたデジタル交流ギャラリーとテレワーク施設、隣接するハローワーク跡地を活用したチャレンジショップで構成され、市内外の人が利用できる。

お問い合わせ:鶴川商店街周辺観光・交流拠点施設 ☎︎0978-75-0583

文・写真/笹木博幸