4月1日から、障害者に対する「合理的配慮」が義務化される。 

 この制度によれば、「合理的配慮」として民間事業者は障害者一人一人の必要に応じた支援やサービスの提供、物理的なバリアーの除去、情報へのアクセスの提供、適切な調整や変更を提供しなければならない。罰則規定こそないものの、合理的配慮の提供が不十分な場合には、障害者差別解消支援地域協議会による指導や勧告が行われることがある。

 そんな改正法の施行目前に、その先行きに暗雲がたちこめるような事案も発生した。

 ことの発端は3月16日、イオンシネマで映画を鑑賞しようとした車椅子ユーザーが、映画館のスタッフに階段を持ち上げてもらうことを求め、これが拒否されたとして炎上したのだ。

 今回は、イオンシネマの事例を手掛かりに、民間事業者が今後義務化されていく「合理的配慮」の難しさと企業がとるべき対応について検討したい。

●「合理的な配慮」って結局何なのか

 「合理的配慮」の必要性は、日本も批准する「障害者の権利に関する条約」においても定義されている概念であり「障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」をいう。

 過度の負担とならない範囲であり、かつ経済的にも実現可能な範囲で行われる必要があるというが、現実問題としてこの線引きが難しい。

 具体的に考えると、職場では障害に応じた作業環境の調整が必要である。例えば、視覚障害がある従業員のために、コンピューターにスクリーンリーダーソフトウェアをインストールすることや、車いすを使用する従業員がアクセスしやすいように、オフィス内のデスクの高さを調整することが挙げられる。

 また商業施設や飲食店などでは、物理的なアクセシビリティーの改善として、建物の入口にスロープを設置したり、トイレに手すりを設けるなどの改修が考えられる。さらに、入店・退店時にスタッフが付き添うなどの配慮も重要だろう。

 この点、イオンシネマのような映画館での「合理的配慮」としては、従来「車椅子シート」や「手話映像」「音声ガイド」の提供が一般的であった。

 これらのサービスは、視覚や聴覚に障害のある方が映画を楽しめるようにするためのものだ。しかし、スタッフが車椅子ユーザーが席につけるよう介助するというサービスは公式のものではなく、あくまで「現場対応」の範疇(はんちゅう)にとどまっていた。

 一般的に、事業者は障害や合理的配慮に関する共通認識を醸成し、マニュアルを整備し、研修を行うことで、障害のある人への支援を進める必要がある。これらは「合理的配慮」の前段階として考えられる。

 また、現場対応に委ねられた部分についても、一定のマニュアルを整備しておけば、各担当者の対応が一貫しており、当事者に不公平感をもたらさずに済んだ可能性がある。この点から見ると、現場スタッフよりも上の立場にいる者が適切なマニュアルを整備していなかったことで、合理的配慮が欠けていたといえるかもしれない。

●イオンシネマのスピード謝罪は安直だったのか?

 そうであるにもかかわらず、一部ではイオンシネマが即座に謝罪文を出したのが安直だという意見も目立った。実際に、イオンシネマ公式アカウントの投稿には、「イオンシネマは悪くない」といった内容や、「現場スタッフの聞き取りなどに十分な時間をかけたわけでなく、現場の労働者を蔑ろにしている」という意見も多く見られる。

 しかし、迅速な謝罪は、企業として問題に対処し、顧客の不満を速やかに解決しようとする姿勢を示すものであり、企業のイメージに大きな損害を与えかねない問題について迅速な対応を行うことは企業危機管理上の定石であることは確かである。

 ただし、日々、多様な顧客の要望に対応しなければならない現場のスタッフからすれば、納得いかないのも当然である。時には安全や運用上の観点から困難な判断を迫られることもあるにもかかわらず、こうした現場の状況や労働者の苦労を十分に考慮せずに自分たちを悪者と決めつけられたと考えたら、労働者の士気低下や、今後の類似の問題への対応を躊躇させるリスクも大きい。

 このような状況を放置すると、次第に労働者は障害者の求める配慮が過剰であったとしても声を上げることができなくなり、組織的な不和の原因となりうる。

 企業は、顧客からの苦情に対応する際には、外部へのコミュニケーションだけでなく、内部のスタッフの立場や労働環境を保護するバランスを取ることが重要である。

 具体的には、謝罪とは別に、問題が発生した際の内部調査を通じて、現場の労働者の声を聞き、適切な状況把握を行うこと。そして、社内での教育や訓練を強化し、類似の問題が再発しないよう予防策を講じることや情状によっては、処分を取り消したり、対応に問題がなかった点を少なくとも社内で発信することが求められるだろう。

 顧客と従業員の関係では、常に「顧客」が第一であるのが民間企業の不文律である。しかし、顧客の満足は、顧客と接する従業員から生まれるものである。企業としては、「合理的配慮」を、該当する顧客だけでなく、従業員に対してもバランスの取れた対応ができるかが、今後の企業の持続可能性と社会的責任を果たす上での鍵となるだろう。

●義務化が社会的分断を深刻化させないために

 この法律の改正と合理的配慮の義務化は、障害のある人々がより公平な環境で生活し、働くことができるようにするための重要なステップであることは確かである。

 しかし、障害者へのサービスが過剰となり、それが常態化してしまうと、サービス価格が上がったり、経営が立ち行かなくなる可能性もある点でデメリットが目立つかもしれない。

 また、そのような対応により、健常者と障害者の間で社会的な分断が深刻化するリスクについても慎重に議論しなければならない。

 政府側も民間企業に合理的配慮を「丸投げ」するのではなく、ケースワークや具体的な対応方法の事例など、基準となるべき考え方を提示しなければ、この義務化も早晩に形骸化してしまうだろう。

●筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手掛けたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレースを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務などを手掛ける。Twitterはこちら