保険はもう「事故が起こった後のもの」ではない。事故を未然に防ぐ保険を提供する――という新たな潮流の中、業界をリードするプレイヤーとして注目を集めるのが、あいおいニッセイ同和損保だ。

 同社は「CSV×DX」を中期経営計画の柱に据え、未来志向の先進的な取り組みを加速させている。特に力を注ぐのがテレマティクス技術を活用した安全運転支援サービスと事故防止ソリューションの提供だ。

 同社は「レガシーな『保険』の枠を超え、すべての人々が安心・安全に暮らせる社会の実現に貢献する」というミッションを掲げ、チャレンジを続けている。テレマティクス保険は、これまでの保険の常識をどう変えたのか。

●事故が起こる前からサポート なぜ?

 同社が展開するテレマティクス自動車保険は、走行データや運転挙動・位置情報を中心としたデジタルデータを活用し、事故対応を効率化。速度や急ブレーキなどのデータを取得し、安全運転を行う人には保険料を割り引くなど、より合理的な保険料の設定を実現している。

 同社では走行データなどから安全運転の度合いをドライバーにフィードバックしており、事故を起こす前の、安全運転の啓もうを強化する。

 2000年代初頭からテレマティクス技術に着目し、将来の自動運転やコネクティッドカーの普及を見据えて取り組みを進めてきた。最初の一歩は04年にトヨタ自動車と共同開発したペイ・アズ・ユー・ドライブモデルだ。オドメーター(積算走行距離計)のデータをもとに実走行距離に連動した保険料を算出するもので、テレマティクス自動車保険の先駆けとなった。

 その後も研究を重ね、15年にはテレマティクス分野で世界的な実績を持つ英国のInsure The Box社(ITB社)を買収。事故リスク分析のノウハウや、ドライバーの運転挙動を安全運転に導くノウハウなどを取り込み、本格的な事業展開への布石を打った。

 こうした取り組みが実を結び、18年4月、トヨタ自動車と共同開発した「タフ・つながるクルマの保険」の販売を開始。運転挙動をスコア化して保険料に反映させる、本格的なテレマティクス自動車保険を市場投入した。アラート機能や安全運転レポートなど、ドライバーの安全運転をサポートする独自のサービスも併せて提供している。

 その後も、20年にはドライブレコーダー連携型の「タフ・見守るクルマの保険プラス(ドラレコ型)」、21年にはスマートフォンと車載器を組み合わせた「タフ・見守るクルマの保険プラスS」、さらに24年1月にはスマートフォン単体で利用できる「タフ・見守るネクスト」と、対応デバイスを拡充。幅広い車種とユーザーニーズに対応できるラインアップを整えた。

 こうした積極展開の成果もあり、同社のテレマティクス自動車保険の契約件数は右肩上がりで伸長し、23年2月時点で186万台を突破。全体の契約件数約1000万台のうち、約20%がテレマティクス自動車保険という計算だ。中期的には300万契約の達成を目指す。

 ただ、この目標達成のためには、まだ課題もある。自動車保険部 テレマティクス開発グループの中村惇史課長補佐は「テレマティクス自動車保険の本質的価値をお客さまや代理店の皆さまにご理解いただくことが重要」と指摘する。

 アンケートによれば、追加の特約保険料を懸念する声や、位置情報の取得を気にする声も一定数ある。まだ「世のため人のためになる」というテレマティクス自動車保険のコンセプトが浸透しきれていないのが実情だ。

●「CSV×DX」戦略の背景と狙い

 そもそも同社はなぜ、長い期間をかけてテレマティクス保険に注力してきたのか。

 企業には事業活動を通じて社会課題の解決に取り組むCSV(Creating Shared Value)の実践が求められる一方、デジタル技術を駆使したビジネスモデルの変革、いわゆるDX(デジタルトランスフォーメーション)の波が押し寄せている。同社が「CSV×DX」を経営の軸に据えたのは、時代の変化と顧客ニーズの多様化への対応が大きな理由だ。同社、経営企画部企画グループ光田敬輔担当課長はこう語る。

 「かつて保険会社は、顧客との接点が年に1度の更新手続きのみというのが当たり前だった。しかしデジタル技術の急速な進化によって、リアルタイムで客とつながり、事故を未然に防ぐアプローチが可能になった。従来型の"保険金を支払う会社"から"事故を起こさせない会社"へ。私たちはその変革の先頭に立ちたい」

 光田氏は、保険サービスのデジタル化を推進することがCSVにつながっていくという戦略の狙いをこう説明する。

 「契約いただいた顧客の事故防止に役立つだけでなく、蓄積したデータを分析・活用することで、地域の交通安全にも貢献できる。さらには防災や健康増進など、さまざまな社会課題の解決に資する新たなソリューション創出も可能になる。CSV×DXの先に、"保険を社会インフラに進化させる"。それが私たちの目指す姿だ」

●テレマ保険ユーザーは事故発生率が「18%」低い

 テレマティクス開発グループの中村氏は「セーフタウンドライブという考え方を広めていきたい」と意気込む。事故が減れば、ドライバーにとっても保険会社にとっても、そして社会全体にとってもメリットがある。そうしたテレマティクス自動車保険の価値を丁寧に訴求していくことで、さらなる拡大を目指す考えだ。

 浸透に向けた具体策としては、スマートフォンだけで手軽に始められる新商品「タフ・見守るクルマの保険NexT」に注目する。「すでにテレマティクス自動車保険の提案を受けたものの、車載器の取り付けが面倒で断念したお客さまにも、改めてアプローチしていきたい」(中村氏)

 こうした地道な活動と並行して、テレマティクスならではの事故削減効果も着実に示していく構えだ。中村氏は「弊社のテレマティクス自動車保険ユーザーは、それ以外のお客さまに比べて事故発生率が約18%低いことが分かっている」とその成果を強調する。

 単に保険料が安くなるだけでなく、安全運転の意識付けにもつながり、実際の事故防止にも一定の効果があることを示すデータだ。「テレマティクスのデータを活用することで、安全運転の習慣付けを効果的に行えることが実証された」と同社は胸を張る。さらに、事故時の緊急通報サービスなど、テレマティクスならではの付加価値についてもアピールを強化していく考えだ。

●保険金支払も迅速化 15日短縮

 テレマティクス自動車保険のもう一つの効用が、事故発生時の迅速な対応だ。従来は事故当事者からの申告に基づいて状況を把握し、過失割合を決定して保険金を支払うのが一般的だったが、この作業には多大な時間と手間がかかっていた。

 「弊社のテレマティクス自動車保険では、GPSで取得した位置情報や、加速度センサーで検知した衝撃の大きさなどをAIで解析し、事故状況を自動で推定することが可能だ。これにより、お客さまへの過失割合のご説明がスムーズになり、対物賠償の保険金支払いまでの日数が約15日短縮された」

 こう語るのは、損害サービス業務部 損害サービススタイル変革グループの三原拓也担当課長だ。1件あたりの事故対応業務も平均10分削減されたといい、経費節減にもつながっている。三原氏は「迅速な保険金支払いはお客さま満足度の向上にも直結する。今後も業務効率化と品質向上の両立を追求する」と意気込む。

●「ここ、危険!」 官民連携で安全なまちづくりを支援

 同社のデータ活用はさらに広がりを見せる。22年5月、官民が連携して地域の交通安全対策を推進する「交通安全EBPM支援サービス」を開始した。EBPM(Evidence Based Policy Making)とは「証拠に基づく政策立案」の略。事故多発地点の分析から、対策後の効果検証まで、交通事故に関するデータを提供して自治体の取り組みをサポートしている。

 「これまでの交通安全対策は、各自治体の経験や勘に頼る部分が大きく、その効果を定量的に把握できていなかった。EBPMを推進することで、より効果的な事故防止策を打ち出し、限られた予算でアウトカムを出していく。官民一体で真に安全・安心なまちづくりを実現したい」(デジタルビジネスデザイン部 プランニンググループ 朝隈善彦課長補佐)

 全国の事故危険地点をAIで自動抽出し、ハザードマップ化。信号や道路標識の設置・改善による事故削減効果をシミュレーションできるのも特長だ。

 23年10月に本格サービス化して以降、すでに複数の自治体が導入。24年度中には利用団体を二桁に伸ばす計画だ。将来的には建設コンサルティング会社など民間への提供も視野に入れている。

●社会課題の解決に挑む保険業界の責務

 あいおいニッセイ同和損保の取り組みは、保険業界全体が直面する課題解決の一つの方向性を示唆している。家計の逼迫や少子高齢化の進展などにより、保険市場の成長は鈍化。従来型のビジネスモデルの限界が指摘される中、デジタル技術を活用した付加価値の創出と、事業を通じた社会貢献の両立が急務となっている。

 同社の挑戦は、その先駆けとなる事例だ。ただし、これはあくまでも1社の取り組みにすぎない。業界全体でこうした動きが広がり、持続可能な形で社会課題の解決につなげていくことが重要だ。同社の試みを一過性のブームで終わらせることなく、"保険の在り方"そのものを問い直すきっかけとしていく。そんな長期的な視点に立った議論と取り組みの積み重ねが、いま保険業界には求められている。

※取材対応者の部署名・肩書は取材当時のもの

筆者プロフィール:斎藤健二

金融・Fintechジャーナリスト。2000年よりWebメディア運営に従事し、アイティメディア社にて複数媒体の創刊編集長を務めたほか、ビジネスメディアやねとらぼなどの創刊に携わる。2023年に独立し、ネット証券やネット銀行、仮想通貨業界などのネット金融のほか、Fintech業界の取材を続けている。