あいおいニッセイ同和損害保険は1月、これまで自動車保険などの契約者向けに提供していた4つのアプリを統合し、新たに「あいおいニッセイ同和損保アプリ」の提供を開始した。もともと商品ごとに用意していたアプリを、一つにまとめた形だ。

 社内でも関係部署はバラバラ、関係者は50人以上。パートナー企業も国内外で5〜6社と多岐にわたり、コントロールには非常に苦労したという。

 そもそも、保険の支払い業務だけであれば、アプリは必要ない気もする。苦労も多い中で、なぜこのような大きなプロジェクトを推進したのだろうか。そして、どのように関係者を取りまとめ、統合を実現していったのか。

●なぜアプリが必要? 保険会社ならではの事情

 同社が自動車保険の未来の形として力を入れているのが、クルマ自体やカーナビ、ドライブレコーダーなどから得られるデジタルデータを活用し「事故の未然防止」に力点を置くテレマティクス損害保険(テレマ保険)だ。自動車保険は、これまで運転者の年齢や過去の事故歴などを元に保険料を算定するのが基本だった。しかし速度や急ブレーキなどのデータを取得できれば、安全運転を行う人には保険料を割り引くなど、より合理的な保険料が設定できる。

 さらに安全運転度合いをドライバーにフィードバックできれば、安全運転を心掛けるインセンティブにもなる。安全運転が増えれば、ドライバーは保険料が安くなり、保険会社は支払う保険金が減り、社会全体では事故が減る。三方よしとなるわけだ。

 同社のテレマ保険は、もともとトヨタのコネクティッドカーを対象とした「タフ・つながるクルマの保険」からスタートした。そこから、独自車載器を設置することで幅広いクルマで利用できる「タフ・見守るクルマの保険プラスS」、さらに通信機能付きドライブレコーダーと連携する「タフ・見守るクルマの保険プラス(ドラレコ型)」へと商品ラインアップを拡充してきた。

 そして新商品のリリースごとに、新たなスマホアプリも開発、提供してきた。一見、自動車保険でわざわざアプリを提供する必要があるのだろうか? と思うかもしれない。そもそも損害保険は日常的に意識する必要がないサービスだからだ。契約更新や住所変更、車両変更のとき、また事故に遭ってしまったときに初めて意識に上るのが自動車保険だ。そんなサービスになぜアプリが重要なのか。

 実は保険会社からすると、何もなければ意識されないということは、日常的に顧客との接点がないことを意味する。もし平時の顧客接点を増やして、顧客を知ることができれば、解約などを防止してLTV(顧客生涯価値)も向上できるし、他の保険商品のニーズをくみ取ってクロスセル提案もできる。頻繁に使ってもらえるようなアプリを提供できれば、強力なマーケティングツールになる。

 ではどうやって顧客に日常的にアプリに触れてもらうのか。そこにテレマ保険がぴったりとハマった。「テレマ保険のアプリは、運転するごとに触れる、高頻度で使うアプリ」(デジタルマーケティンググループ 鹿庭美星課長補佐)だからだ。

 テレマ保険ではドライバーの運転情報を収集し、それを「安全運転スコア」という形でスコア化している。これはもちろん保険料の割引の計算のためにも使うのだが、それだけでなくドライバーが運転するごとに、”どのくらい安全運転だったか”の指標として表示する機能も用意したのだ。

 安全運転をすれば保険料が割り引かれる。となれば、クルマに乗るごとに「さっきの運転はちゃんと安全運転だったかな?」と知りたくなるのは人情だ。

 「契約者の多くが自分の安全運転スコアを継続的にチェックしている。コアなドライバーは、運転のたびに毎回見ている人もいる」(自動車保険部 推進グループ担当課長の若園尚也氏)

 安全運転スコアを軸にして、ドライバーは自分の運転の評価を知るためにアプリを起動する。そうやってアプリへの接触頻度が増せば、同社は強力な顧客接点を得られる。月間運転レポートなども、メールの2〜3倍の開封率があるプッシュ通知で提供しており、さまざまな手法で顧客をアプリに誘引している。

 そして、この組み合わせをさらに強化するには、商品ごとの別々のアプリではなく、一つの統合アプリが必要だった。それが今回のアプリ統合の狙いだ。

 「テレマ保険は、時代の変化に合わせてデバイスも多様化した。保険は1年契約なので、継続のタイミングで契約を見直すことが多い。アプリを一つにすれば、そのたびに別のアプリをダウンロードする必要がなくなる。また保険内容が切り替わっても、操作系も同じにできる」(鹿庭氏)

●アプリが安全運転を促進 閲覧者は事故頻度が21%低い

 安全運転度合いをスコアとして見せることは、アプリを通じた接触頻度の増大にとどまらず、実際に安全運転を促進することも分かってきた。テレマ保険では、安全運転レベルを数値化した「安全運転スコア」だけでなく、運転状況を振り返られる「運転レポート」を提供。また運転技能向上のトレーニング手段として「脳トレ」シリーズで知られる東北大学の川島隆太教授と共同開発した「脳体操アプリ」も提供している。

 「安全運転のレポートをしっかり閲覧する人は、そうでない人に比べ事故頻度が21%低い」と若園氏は話す。さらに、テレマ保険に入ることで事故が減るという効果もある。通常の自動車保険に比べ、テレマ保険は事故頻度の改善率が18%高いのだという。

 脳体操アプリについても、その効果が実際のクルマの運転データから検証された。脳体操アプリ利用者のほうが安全運転スコアが高く、それは70代以上で顕著だと安仲直紀氏(デジタルマーケティンググループ担当課長)は話す。さらにアプリへのアクセス回数が増えるほど、安全運転につながる傾向も分かった。

 「このメニューが急ブレーキ対策によく効く、これが急発進によく効くということが分かってきた。その人ごとの改善ポイントに合わせて、AIが自動判定して脳体操のメニューを配信することも始めている」(若園氏)

●プロジェクトは「分譲マンションを作るようなもの」

 今までバラバラで管理していたアプリの統合――これを実現するのは簡単ではなかった。

 同社は、2023年4月に照会応答業務の改革に向けて部門横断型DX組織「デジタル照会センター」を設立するなどのDX化に向けた取り組みを行っている。しかし保険商品やアプリに関してはそれぞれの部署が管轄しており、横断してDXに取り組む部署はない。

 安仲氏は、今回のプロジェクトを「“マンションの管理組合”のようなものだった」と振り返る。

 「今回のアプリは、分譲マンションを作るようなものだと社内で話していた。アプリは共用部で、サービスは区分所有部分。共用部は各部門の代表が集まった管理組合で決めていく」

 関係者は社内で50人以上、パートナー企業も国内外で5〜6社あり、コントロールが非常に大変だった。さらに、計画から実行まで9カ月しかなく、スピーディーな対応が求められた。

 顧客が触れるアプリ自体だけでなく、裏側のサーバ部分の調整にも難航した。当初、各サービスのサーバを統合するプランもあったが、時間的に難しかった。もともと既存のアプリはサーバにAPIでアクセスしていたわけではないため、既存のサーバにAPIでアクセスできる基盤を用意したり、Web型のサービスに切り替えたりといった取り組みを行ったという。ユーザー認証も全てが統合されているわけではなく、アプリ側から複数のサービスにログインできる仕組みを用意した。

●マーケティングへの活用も

 このようにしてアプリの統合は完了したが、今後はどんな進化を目指していくのか。同社では、アプリにとどまらずWebサイトも含めて、行動データを収集し、顧客一人一人を理解し、分析することを進めようとしている。

 「平時の顧客接点はこれまでオフライン中心だったが、今はデジタルが中心になっている。時系列にお客の行動を捉えて、行動ログデータなども取り、情報に基づいてパーソナライズした提案を行えるようにしたい」と安仲氏は将来像を語る。

 表側のアプリ開発と並行して、裏側では顧客データプラットフォームの基盤開発も進めており、ありとあらゆる顧客データを統合して、分析できる準備を進めている。基幹システム以外で、横断プロジェクトとして情報集約する仕組み作りに取り組むのは同社初だという。

 例えば、顧客が解約ページを閲覧しているようなら、現在の契約に不満を持っている可能性があるということで、リアルでの接点強化に動く。逆にテレマ保険や安全運転についての記事を頻繁に閲覧しているなら、新規契約に関心があると見込み営業活動につなげていく、といった具合だ。さらに自然災害情報などもプッシュ通知することなどで興味関心について把握分析し、商品開発につなげていくという。

 長らくオフラインの対面手法で顧客との接点を築いてきた同社にとって、アプリの統合はDXの象徴でもある。保険会社にとって、顧客と実際に触れ合う接点を持っているのは保険代理店の人たちだ。ところが、アプリやWebサイトを活用することで、保険会社自体が顧客一人一人の情報を把握できるようになる。

 これは昨今、どんな会社も狙っているところではあるが「当社にはテレマ保険という接触頻度の高いサービスがある。これを活用すればより多くの顧客接点が取れるのではないか」と安仲氏は期待する。アプリの統合という、一見地味な取り組みは、実は顧客データの取得から活用まで、全社横断で取り組むという壮大なDXプロジェクトの氷山の一角だったわけだ。

 後編では、そもそもなぜ同社が安全運転の啓もうを強化しているのか。テレマティクス保険を軸に置いた経営戦略について深堀りする。

※取材対応者の部署名・肩書は取材当時のもの

筆者プロフィール:斎藤健二

金融・Fintechジャーナリスト。2000年よりWebメディア運営に従事し、アイティメディア社にて複数媒体の創刊編集長を務めたほか、ビジネスメディアやねとらぼなどの創刊に携わる。2023年に独立し、ネット証券やネット銀行、仮想通貨業界などのネット金融のほか、Fintech業界の取材を続けている。