「面接で落とされた」「なかなか採用してもらえない」――。求職者が希望の求人に応募しても、採用されるとは限りません。合否を出すのはあくまで会社側だからです。

 会社と求職者の間には“選ぶ者”と“選ばれる者”という絶対的な力関係が生じると考えられます。ところが、日本経済新聞は2024年3月11日「住友商事、就活学生が面接官評価」と題し、新卒採用で学生が面接官を評価する制度を導入する取り組みについて報じました。

 記事では制度を導入する理由として、就活生向けの口コミサイトに書き込まれる面接内容や感想などが会社のイメージに影響を及ぼすことを挙げています。個人が発信力を持つようになった社会の変化が、会社と求職者の間に働いていた力学を変えつつあるようです。

 いまは少子化が進み、学生優位の「売り手市場」でもあります。社会の変化や労働市場の変化が折り重なり合うように進む中、会社と求職者の力関係や人事の役割にはどのような変化が起きているのでしょうか。

●条件によって変わる「会社と求職者」の力関係

 厚生労働省の一般職業紹介状況によると、有効求人倍率は2013年11月以降、10年以上に渡って1倍を下回ったことがありません。つまり、求職者の数より求人の数の方が上回っている状態です。コロナ禍で最もへこんだ時でさえ、1.04倍と求人の方が多い状態をキープしました。

 しかし、正社員だけの有効求人倍率を見るとやや様相が異なります。コロナ禍の最中は0.78倍にまで落ち込み、求職者数の方が多くなりました。1.00倍まで回復したのは22年7月で、その後は求職者数と求人数がほぼイーブンの状態が続いています。

 職種ごとに見てみると以下グラフのように、かなりバラツキがあることが分かります。23年のデータを見ると、一般事務従事者が0.37倍と求職者1人につき0.37件しか求人がないのに対し、清掃従事者は1.75倍、営業職業従事者は2.11倍と求人数が求職者数を大きく上回り、介護サービス職業従事者は3.78倍と一般事務の10倍の比率になっています。

 全体の有効求人倍率が1倍を超えていたとしても、雇用形態や業種、職種など個々の求職者が望む条件次第で実情は全く異なるのです。新卒採用でも、企業規模によって差が顕著に表れています。

 リクルートワークス研究所の調査によると、24年3月卒業予定の大卒および大学院卒求人倍率は1.71倍。しかし、企業規模別にみると5000人以上では0.41倍と、求職者1人につき0.41件しか求人がありません。それが1000〜4999人だと1.14倍と、求人数の方が多くなります。300〜999人も1.14倍、300人未満だとさらに大きく跳ね上がり6.19倍です。

 これら求人倍率ごとの落差は、求人の条件によって選ぶ者と選ばれる者の関係が変わることを意味します。新卒採用における300人未満の会社のように、6件以上の求人が1人の就活生を奪い合う状況だと、求職者側が選ぶ者の方で選ばれる者が会社側と言った方が良さそうです。

●大企業は求職者を一方的に選べる「強者」といえるのか?

 では、5000人以上の会社のように求職者側からの人気が高い場合は、会社側が求職者を一方的に選ぶ力関係なのかというと、決してそうとは限りません。

 大企業であっても会社側が求職者に選ばれている面があります。ポイントは大きく3つです。1つは、複数の内定を獲得する求職者がいること。新卒でも中途でも、自社が採用したいと考えるような有能な求職者は、他社も採用したいと考えている可能性が高くなります。

 もう1つは、選考が始まる前に、そもそも選考を受けるかどうかの選択が求職者側にあることです。求職者は、業種や職種、勤務地、給与などさまざまな条件と照らし合わせて応募先を選択します。会社が選考できるのは、あくまで応募してくれた求職者に限られます。

 3つ目は、働き手の志向性が多様化する中、大企業であるだけが就職先選びの決め手になるとは限らないことです。「大企業だから応募したけど、情報収集するにつれて他の会社の方に魅力を感じるようになった」ということも起きます。求職者側が辞退する可能性も踏まえると、会社と求職者は決して一方的な間柄だとは言えず互いに選びあう関係なのです。

 このように大企業であっても求職者側から選ばれる面がありますが、その上いまは売り手市場なだけに、求職者が入社した後も会社にとって悩ましい状況をもたらしています。人材が有能であればあるほど引く手あまたであり、一方で多様な転職サービスが広がりを見せているため、いまいる社員がずっと長く働いてくれるかどうか分からないからです。

 民間の職業紹介サービスに登録するおよそ7割は、在職中だと言われます。新卒入社した会社に定年まで勤め上げることが一般的だった時代とは異なり、いまは転職も珍しくありません。副業する人も増え、SNSなどでも外部と常につながりが持てるようになりました。ソーシャルリクルーティングや、知人から会社に推薦されるリファラル採用など、積極的に活動していなくても転職機会が生まれやすくなっています。

 そのため、会社の方針と合わないとか、人間関係に問題が生じた、といったケンカ別れのような悲劇的退職ではなく、社員が新しい機会を得てより良い就業環境へと移ろうとする「発展的退職」が起きやすくなりました。

 社員が転職する事態を防ぐには、会社として魅力を高める必要があります。ただ、それで悲劇的退職をある程度防止できたとしても、発展的退職までは防ぎきれません。キャリアを発展させるべく退職を申し出る前向きな社員を引きとめるのは困難です。

●住友商事「学生が面接官を評価」の効果は?

 そこでもう一つ大切な取り組みとなるのが、一度退職した社員が戻ってきたくなるような関係性の構築です。人口減少が進み今後も構造的に採用難が続くことが予測される中、これまでのように雇用の切れ目が縁の切れ目になるような関係性ではなく、一度生じたつながりを大切な資産と捉えることの重要性が認識されるようになってきました。

 退職後も良い関係性を築いておけば、「成長したいまの自分なら、前職でこれまで以上の成果を出せるかもしれない」と考える社員が自社に戻り、再び戦力として活躍してくれることを選ぶ可能性を高められます。いわゆる、カムバックとかアルムナイなどと呼ばれる制度です。

 また、一度自社の選考を受けたもののご縁がなかった求職者であっても、その後実績を積んで採用水準を超える人材へと成長し、中途採用で再チャレンジしてくれることだってあり得ます。

 冒頭で紹介した住友商事の記事については、学生が面接官を評価する制度に対する賛否両論が聞かれました。しかし、会社が求職者を一方的に選ぶと捉えられがちだったこれまでの力関係を見直すという意味では、一定の効果が期待できます。

 面接官が印象を損なうことのないよう配慮するのはもちろん、「どうしたら学生が選びたくなるか」という観点から自社の事業内容や企業風土について説明し、質問に回答できるスキルを身につければ、面接は単に合否を出すための場ではなく、大切な資産の種となる、新たなつながりを生む場へと変わっていくことになります。

 会社の人事担当者は、これらの環境変化を踏まえ、採用後も退職後も、採用前も良い関係性を構築し続ける「つながり資産」を継続的に確保することが重要な役割になっています。

 会社が置かれている状況を読み違え、自ら一方的に選ぶ側であるかのような勘違いをしてしまうと、面接官が横柄な態度をとったり、退職した社員を裏切り者呼ばわりしてしまうことになります。選ぶ者と選ばれる者の関係性を見誤ったまま修正できない会社は、今後、時代からどんどん取り残されていくことになるのではないでしょうか。